記事「万葉集」 の 検索結果 7737 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その580)今回は、387番歌を訓む。「仙(やまひめ)柘枝(つみのえ)」を詠んだ歌の三首目である。左注に「右一首若宮年魚麻呂作」とあり、作者は「若宮(わかみやの)年魚麻呂(あゆまろ)」である。若宮氏は『新撰姓氏..
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柿本人麻呂は和爾氏の出身国語や古文の授業で、 人麻呂の和歌を習った方は多いと思います。 彼は古代豪族の和爾氏の一族だったと言われています。 そして、遠く石見の国で亡くなったのだと。 「柿本人麻呂と和爾氏と鴨..
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『万葉集』を訓(よ)む(その579)今回は、386番歌を訓む。「仙(やまひめ)柘枝(つみのえ)」を詠んだ歌の二首目である。左注に「右一首」とのみあり、下に作者名があるべき所だが欠落している。西宮『萬葉集全注』は「これは作者名を万葉集編..
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『万葉集』を訓(よ)む(その578)今回は、385番歌を訓む。題詞に「仙柘枝歌三首」とあって、本歌~387番歌までの三首が「仙(やまひめ)柘枝(つみのえ)」を詠んだ歌である。「仙」は契沖『萬葉代匠記』にヒシリと訓み、賀茂真淵『萬葉考』..
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河童老『万葉集』を訓(よ)む(その577)今回は、384番歌を訓む。題詞に「山部宿祢赤人歌一首」とあり、「山部宿祢(やまべのすくね)赤人(あかひと)」の歌である。赤人の歌は、『万葉集』に五十首の歌(長歌十三首、短歌三十七首)が記載されている..
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『万葉集』を訓(よ)む(その576)今回は、383番歌を訓む。丹比真人國人が筑波山に登って作った長歌(382番歌、以下「長歌」とする。)の反歌である。 写本に異同はないが、2句の一字目は、版本に「四十」とあるが、写本は全て 【卅+..
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『万葉集』を訓(よ)む(その575)今回は、382番歌の15句からを訓む。 15句・16句「不見而徃者・益而戀石見」は「見(み)ずて徃(ゆ)か〔行か〕ば・まして戀(こほ)しみ」と訓む。「不見」(331番歌他に既出)は、マ行上一段活..
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『万葉集』を訓(よ)む(その574)今回は、382番歌の7句からを訓む。 7句・8句「儕立乃・見杲石山跡」は「儕(な)み〔並み〕立(た)ちの・見(み)がほし〔欲し〕山(やま)と」と訓む。「儕」の字訓は「ともがら・なかま」であり、また..
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『万葉集』を訓(よ)む(その573)今回は、382番歌を訓む。題詞に「登筑波岳丹比真人國人作歌一首[并短歌]」とある。作者の「丹比真人(たぢひのまひと)國人(くにひと)」は、天平八年(736)に従五位下、同十年民部少輔になった後、大宰..
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『万葉集』を訓(よ)む(その572)今回は、381番歌を訓む。題詞に「筑紫娘子贈行旅歌一首 [娘子字曰兒嶋]とあり、訓み下すと「筑紫娘子(つくしのをとめ)、行旅(たびひと)に贈(おく)る歌(うた)一首(しゆ) [娘子(をとめ)、字(あ..
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『万葉集』を訓(よ)むー閑話休題(その22)ー今回は、閑話休題として、380番歌の左注によって、379・380番歌の作歌事情について考える。 西宮『萬葉集全注』は、380番歌の【考】において、「左注によると、天平五年(七三三)十一月(坂上郎..
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『万葉集』を訓(よ)む(その571)今回は、380番歌を訓む。前の長歌「大伴坂上郎女祭神歌」(379番歌。以下「長歌」という。)の反歌である。写本に異同はなく、原文は次の通り。 木綿疊 手取持而 如此谷母 吾波乞甞 君尓不相..