記事「万葉集」 の 検索結果 7737 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その484)今回は311番歌を訓む。題詞に「桉作村主益人従豊前國上京時作歌一首」とあって、桉作村主(くらつくりのすくり)益人(ますひと)が豊前國より京に上る時に作った歌である。「桉」は革製の鞍に対して、わが国で..
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『万葉集』を訓(よ)む(その483)今回は310番歌を訓む。題詞に「門部王詠東市之樹作歌一首 [後賜姓大原真人氏也]」とあり、口訳すると、「門部王が東の市の樹を詠んで作った歌一首 [後に姓大原真人の氏を賜った]」ということになる。門部..
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『万葉集』を訓(よ)む(その482)今回は309番歌を訓む。「博通法師徃紀伊國見三穂石室作歌三首」の三首目である。写本に異同はなく、原文は次の通り。 石室戸尓 立在松樹 汝乎見者 昔人乎 相見如之 1句「石室戸尓」は..
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『万葉集』を訓(よ)む(その481)今回は308番歌を訓む。「博通法師徃紀伊國見三穂石室作歌三首」の二首目。写本に異同はなく、原文は次の通り。 常磐成 石室者今毛 安里家礼騰 住家類人曽 常無里家留 1句「常磐成」..
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『万葉集』を訓(よ)む(その481)今回は308番歌を訓む。「博通法師徃紀伊國見三穂石室作歌三首」の二首目。写本に異同はなく、原文は次の通り。 常磐成 石室者今毛 安里家礼騰 住家類人曽 常無里家留 1句「常磐成」..
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『万葉集』を訓(よ)む(その480)今回は307番歌を訓む。題詞に「博通法師徃紀伊國見三穂石室作歌三首」とあるので、本歌~309番歌の三首は、博通法師(はくつうほふし)が紀伊國(きのくに)に行って三穂(みほ)の石室(いはや)を見て作っ..
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『万葉集』を訓(よ)む(その479)今回は306番歌を訓む。題詞に「幸伊勢國之時安貴王作歌一首」とあり、伊勢の国の行幸の折に、安貴王(あきのおほきみ)が作った歌であるとわかる。安貴王は、春日王の子で、市原王の父であることは諸説一致して..
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『万葉集』を訓(よ)む(その478)今回は305番歌を訓む。巻一の32・33番歌は、題詞には「高市古人の近江の旧堵を感傷して作る歌」とあるが、作者は高市連黒人(たけちのむらじくろひと)であるとした。本歌も、題詞に「高市連黒人近江舊都歌..
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『万葉集』を訓(よ)む(その476)今回は303番歌を訓む。題詞に「柿本朝臣人麻呂下筑紫國時海路作歌二首」とあり、訓み下すと「柿本朝臣人麻呂下筑紫國時海路作歌二首」となり、本歌と次歌(304番歌)は、人麻呂が筑紫の国に下る時に海上の旅..
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『万葉集』を訓(よ)む(その475)今回は302番歌を訓む。題詞に「中納言阿倍廣庭卿歌一首」とある。中納言は、太政官の官職名で大納言に次ぐ官。大納言と同じく大臣と共に政事を議した。卿は三位以上の称。阿倍廣庭(あへのひろには)(659年..
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糒を作ってみた(写真無し)つくばという大地に戻り、ちょっとばっかり時間ができて。 この寒さと低湿度で企んだ事、それが “糒作り” でした。 糒ってのは、万葉集で有間皇子が詠んだ詩で知ったくらいですが..
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2014年1月25日 「~万葉集の風景~もっと歴史に肉迫して語れ」千田稔奈良県立図書情報館 図書館劇場講演録 より 図書館劇場Ⅷ 1月25日(土)13:00~ 講演① 奈良・大和の風景と古代(5) ..