記事「万葉集」 の 検索結果 7737 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その388)今回は、224番歌を訓む。題詞に「柿本朝臣人麻呂死時妻依羅娘子作歌二首」[柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそみひとまろ)の死(みまか)りし時(とき)に、妻(つま)依羅娘子(よさみのをとめ)の作(つく)..
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『万葉集』を訓(よ)む(その387)今回は、223番歌を訓む。題詞に「柿本朝臣人麻呂在石見國臨死時自傷作歌一首」[柿本朝臣人麻呂(かきのもとのあそみひとまろ)、石見國(いはみのくに)に在(あ)りて死(し)に臨(のぞ)む時(とき)に、自..
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『万葉集』を訓(よ)む(その386)今回は、222番歌を訓む。220番歌(以下「長歌」という)の反歌二首目である。写本に異同はなく、原文は次の通り。 奥波 来依荒礒乎 色妙乃 枕等巻而 奈世流君香聞 1句「奥波」は「奥..
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『万葉集』を訓(よ)む(その385)今回は、221番歌を訓む。頭書に「反歌二首」とあり、次の222番歌と共に220番歌(以下「長歌」という)の反歌である。反歌は、和歌の長歌のあとにつけ加えられた短歌をいい、一首または数首で、長歌の意を..
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黒之瀬戸鹿児島県阿久根市と長島町の境にあるのが黒の瀬戸、 瀬戸とは、狭い海峡のことで、陸地により狭められている水域のこと、 この黒之瀬戸は来島海峡、針尾海峡と共に 日本三大急潮に数えられています、 古..
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『万葉集』を訓(よ)む(その384)今回は、220番歌の41句からを訓む。 41句・42句「玉桙之・道太尓不知」は「玉桙(たまほこ)の・道(みち)だに知(し)らず」と訓む。「玉桙之」は、79番歌13句「玉桙乃」および207番歌47..
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『万葉集』を訓(よ)む(その383)今回は、220番歌の33句からを訓む。 33句・34句「敷妙乃・枕尓為而」は「敷妙(しきたへ)の・枕(まくら)に為(な)して」と訓む。「敷妙乃」は、135番歌37句・195番歌1句と同句。「しき..
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『万葉集』を訓(よ)む(その382)今回は、220番歌の25句からを訓む。 25句・26句「彼此之・嶋者雖多」は「彼此(をちこち)の・嶋(しま)は多(おほ)けど」と訓む。「彼此」は、110番歌の「彼方」を「をちかた」と訓んだように..
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『万葉集』を訓(よ)む(その381)今回は、220番歌の15句からを訓む。 15句・16句「時風・雲居尓吹尓」は「時(とき)つ風(かぜ)・雲居(くもゐ)に吹(ふ)くに」と訓む。「時風」は、間に連体助詞「つ」を補読して、「時(とき)..
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『万葉集』を訓(よ)む(その380)今回は、220番歌の7句からを訓む。 7句・8句「天地・日月與共」は「天地(あめつち)・日月(ひつき)と共(とも)に」と訓む。「天地」(196番歌ほか既出)は、「あめつち」と訓み、「天と地」。「..
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『万葉集』を訓(よ)む(その379)今回から、人麻呂の「狭岑島死人歌」と称される歌群(220~222番歌)を訓む。220番歌の題詞に「讃岐狭岑嶋視石中死人柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]」とあることからの名称であり、旅の途次に横死した..
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『万葉集』を訓(よ)む ー閑話休題(その16)ー今回は、閑話休題として、「吉備津釆女挽歌」と称される歌群(217~219番歌)の長歌(217番歌)とその反歌二首(218・219番歌)との間に横たわる表現に関しての論説について、今までの先行研究を概..