記事「万葉集」 の 検索結果 7737 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その346)今回は207番歌の7句から訓む。 7句・8句「不已行者・人目乎多見」は「已(や)[止]まず行(ゆ)かば・人目(ひとめ)を多(おほ)み」と訓む。「不已」は、マ行四段活用の自動詞「やむ」の未然形「已..
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『万葉集』を訓(よ)む(その345)今回は207番歌を訓む。題詞に「柿本朝臣人麻呂妻死之後泣血哀慟作歌二首[并短歌]」とあることから、「泣血哀慟歌」と称されている歌群の一首目の長歌である。「泣血哀慟歌」は、長短歌二組六首からなる歌群で..
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『万葉集』を訓(よ)む(その344)今回は206番歌を訓む。題詞に「又短歌一首」とある。前の長歌(204番歌)とは別の時に詠まれたもので、長歌の反歌というわけではない。しかし本歌は、作者が、公にはしなかった弓削皇子の心中の思いをも知り..
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『万葉集』を訓(よ)む(その343)今回は205番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とある通り、204番歌(以下「長歌」)の反歌である。写本に異同はなく、原文は次の通り。 王者 神西座者 天雲之 五百重之下尓 隠賜奴 1句「..
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『万葉集』を訓(よ)む(その342)今回は204番歌の9句からを訓む。 9句・10句「其乎霜・文尓恐美」は「其(そこ)をしも・あやに恐(かしこ)み」と訓む。 「其」は、「其処」「其所」とも書き「そこ」と訓む。「そこ」は、相手側..
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『万葉集』を訓(よ)む(その341)今回は204番歌を訓む。題詞に「弓削皇子薨時置始東人作歌一首[并短歌]」とある。作者の置始(おきそめの)東人(あづまひと)は66番歌の作者として既出。置始氏には、連姓の者もいるが、東人は無姓で伝未詳..
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『万葉集』を訓(よ)む(その340)今回は203番歌を訓む。題詞に「但馬皇女薨後穂積皇子冬日雪落遥望御墓悲傷流涕御作歌一首」とあり、これを訓み下すと「但馬皇女(たぢまのひめみこ)の薨(こう)じて後、穂積皇子(ほづみのみこ)、冬の日雪の..
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『万葉集』を訓(よ)む(その339)今回は202番歌を訓む。題詞に「或書反歌一首」とあって、或本に202番歌を長歌(199番歌)の反歌として伝えていたことを示している。しかし、この歌の左注に「右一首類聚歌林曰 桧隈女王怨泣澤神社之歌也..
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『万葉集』を訓(よ)む(その338)今回は201番歌を訓む。前の200番歌に続いて、199番歌(以下、「長歌」)の反歌である。写本の異同としては一字目<埴>を『西本願寺本』は「垣」とするが、『紀州本』などに「埴」とあるのを..
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『万葉集』を訓(よ)む(その337)今回は200番歌を訓む。題詞に「短歌二首」とあるので、本歌と次の201番歌が、「高市皇子尊城上殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首[并短歌]」という題詞を持つ199番歌(以下、「長歌」という)の反歌である..
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『万葉集』を訓(よ)む(その336)今回は、199番歌の第6段《⑥作者の感慨と全体の結び》の続きで、143句から訓む。 143句・144句「萬代尓・過牟登念哉」は「萬代(よろづよ)に・過(す)ぎむと念(おも)へや」と訓む。「萬代尓..
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『万葉集』を訓(よ)む(その335)前回までで、199番歌の第5段《⑤皇子の薨去と殯宮の様子、宮の舎人らの悲嘆》を訓み終えたので、今回は先ず、第5段のまとめとして、その漢字仮名交じり文と口訳を示しておく。 先ず、漢字仮名交じり文..