記事「万葉集」 の 検索結果 7738 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その259)今回は、166番歌を訓む。前歌(165)に続いて「移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首[大津皇子の屍(かばね)を葛城(かづらき)の二上山(ふたかみやま)に移(うつ)し葬(はぶ)る時に..
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『万葉集』を訓(よ)む(その258)今回は、題詞に「移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首」とある一首目の165番歌を訓む。題詞を訓み下すと「大津皇子の屍(かばね)を葛城(かづらき)の二上山(ふたかみやま)に移(うつ)し..
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『万葉集』を訓(よ)む(その257)今回は、164番歌を訓む。前歌(163)に続いて「大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齋宮上京之時御作歌二首[大津皇子薨(こう)ぜし後に、大来皇女(おほくのひめみこ)、伊勢の齊宮(いつきのみや)より京(みや..
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『万葉集』を訓(よ)む(その256)今回から、「藤原宮御宇天皇代 [高天原廣野姫天皇<天皇元年丁亥十一年譲位軽太子尊号曰太上天皇>] 」と題されている「持統天皇の御代」の挽歌に進む。最初は、題詞に「大津皇子薨之後大来皇女従..
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『万葉集』を訓(よ)む(その255)今回は、162番歌の続きで14句からを訓む。 14句「靡足波尓」は「靡(な)みたる波(なみ)に」と訓む。「靡足」は、旧訓にナビキシとあったが、『代匠記』に「ナミタルトモ讀ベシ」とあるのに従って「..
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『万葉集』を訓(よ)む(その254)今回は、162番歌の続きで7句からを訓む。 7句「高照」は「高(たか)照(て)らす」と訓む。「照らす」は動詞「照る」の尊敬語。天上に高く照りたまう、の意で「日の皇子」にかかる枕詞。記紀歌謡に見え..
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『万葉集』を訓(よ)む(その253)今回は、162番歌を訓む。題詞に「天皇崩之後八年九月九日奉為御齊會之夜夢裏習賜御歌一首 [古歌集中出] 」とある20句からなる長歌である。題詞を訓み下すと「天皇(すめらみこと)の崩(かむあが)りま..
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春の野にすみれ採みにと来し我そ野をなつかしみ一夜寝にける『万葉集』 山部赤人 (wikipedia)
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『万葉集』を訓(よ)む(その252)今回は、161番歌を訓む。「一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首」の二首目で、160番歌と同じく長歌(159番歌)の反歌と位置付けられる。160番歌が長歌の助動詞「らし」(確実に存在している気持の表現..
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『万葉集』を訓(よ)む(その251)前回、160番歌の難訓箇所である5句の先行研究の訓みについてまとめ、「男雲」をナクモと訓むか、ヲクモと訓むかで二つに大別できることを述べた。ナクモと訓む説は多いが、「男雲」をナクモと訓じるのが困難な..
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『万葉集』を訓(よ)む(その250)今回は、160番歌を訓む。題詞に「一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首」とある。「一書曰」という形で始まっている題詞は、148番歌に既出だが、本歌と148番歌の二例しかなく、極めてめずらしい。後代の資..
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『万葉集』を訓(よ)む(その249)前回は、159番歌の14句までを訓んだ。13句までは、崩(かむあが)りをした天武を主語としてその日常の行為を、対句を使って、助動詞「らし」と「まし」という対応によって詠うことにより、自らの哀悼の気持..