記事「万葉集」 の 検索結果 7738 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その139)今回は、第79番歌20句から訓む。 20句「衣乃上従」は「衣(ころも)の上(うへ)ゆ」と訓む。この句は、訓みは簡単だが、前後との関係で意味が通りにくい。19句「我(わ)が宿(ね)たる」は「衣(ころ..
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『万葉集』を訓(よ)む(その138)今回は、第79番歌13句から訓む。 13句「玉桙乃」は「玉桙(たまほこ)の」と訓む。「たまほこの」は、「道」にかかる枕詞。語義、かかり方未詳。「たまほこ」の語義については、『万葉集』をはじめ、多く..
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『万葉集』を訓(よ)む(その137)今回は、第79番歌3句から訓む。 3句「柔備尓之」は「柔(にき)びにし」と訓む。「柔備」はバ行上二段の自動詞「にきぶ」の連用形で「柔(にき)び」と訓む。「にきぶ」は「和栲(にきたへ)」「柔膚(にき..
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『万葉集』を訓(よ)む(その136)今回から、第79番歌を訓む。題詞に「或本従藤原<京>遷于寧樂宮時歌」(写本により<京>を<宮京>とするものもある。)とあり、或本から採った、平城京遷都時の歌である..
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『万葉集』を訓(よ)む(その135)今回は、第78番歌を訓む。題詞に「和銅三年庚戌春二月従藤原宮遷于寧樂宮時御輿停長屋原廻望古郷作歌 [一書云 太上天皇御製]」とあって、歌が詠まれた時と場所については「和銅3年(710)の春2月に藤..
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『万葉集』を訓(よ)む(その134)今回は、第77番歌を訓む。題詞に「御名部皇女奉和御歌」とあり、「御名部(みなべの)皇女(ひめみこ)」が76番歌の元明天皇の御歌に和(こた)えて奉った歌であることが分かる。御名部皇女は天智天皇の皇女で元..
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『万葉集』を訓(よ)む(その133)今回は、第76番歌を訓む。題詞は写本により、2行に「和銅元年戊申 / 天皇御製」とするものと1行で「和銅元年戊申天皇御製歌」とするものとがあるが、意味内容に異同は無い。和銅元年(708)の前年の慶雲4..
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『万葉集』を訓(よ)む(その132)今回は、第75番歌を訓む。前歌と同じく「大行天皇幸于吉野宮時歌」の作で、左注に「右一首長屋王」とあるので、作者は「長屋王(ながやのおほきみ)」である。長屋王は、天武天皇の皇孫で文武天皇とは従兄弟。父は..
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『万葉集』を訓(よ)む(その131)今回は、第74番歌を訓む。題詞に「大行天皇幸于吉野宮時歌」とあり、左注には「右一首或云 天皇御製歌」とある。「大行天皇」は文武天皇をさす事については71番歌の所で述べた。その文武天皇の歌であるとも云..
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『万葉集』を訓(よ)む(その130)今回は、第73番歌を訓む。前2首と同じく「大行天皇幸于難波宮時歌」であるが、作者名の記載方法が違い、題詞に「長皇子御歌」とある。「長皇子」については60及び65番歌の作者として既出。天武天皇の第4皇子..
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『万葉集』を訓(よ)む(その128)今回は、第71番歌を訓む。題詞に「大行天皇幸于難波宮時歌」とあり、この題詞は第73番歌までの3首にかかると思われる。第73番歌は、前の2首の作者名が「右一首…」とあるのに対して「長皇子御歌」と第65番..
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『万葉集』を訓(よ)む(その127)今回は、第70番歌を訓む。題詞に「太上天皇幸于吉野宮時高市連黒人作歌」とあり、持統天皇の吉野宮行幸時に「高市(たけちの)連(むらじ)黒人(くろひと)」が作った歌と分かる。 持統天皇の吉野行幸は31回..