記事「万葉集」 の 検索結果 7828 件
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百十四)今回は、一五五〇番歌を訓む。題詞に「湯原王鳴鹿歌一首」とあり、「湯原王(ゆはらのおほきみ)」が「鳴(な)く鹿(しか)」を詠んだ歌である。湯原王は、志貴皇子の子で、三七五〜三七七番歌と六三一番歌以下六..
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当初とは少々様変わりしてきた、齋藤杏花 (さいとうあんな)の万葉噺、新年度も続きますよ~!確かに今年は、バカ陽気ですね。 年度内で、あらかた、サクラは終ってしまいました。 そして足元をみるに、今年もまた、ハナニラとカタバミの競演です。 さてはて地球はホントに温暖期に入ったものやら..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百十三)今回は、一五四九番歌を訓む。題詞に「典鑄正紀朝臣鹿人至衛門大尉大伴宿祢稲公跡見庄作歌一首」とあり、これを訓読すると「典鑄正(いもののかみ)紀朝臣鹿人(きのあそみかひと)、衛門大尉(ゑもんのだいじよう..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百十二)今回は、一五四八番歌を訓む。題詞に「大伴坂上郎女晩芽子歌一首」とあって、本歌は「大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)」が「晩(おそ)き芽子(はぎ)[萩]」を詠んだ歌である。 写本の異同..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百十一)今回は、一五四七番歌を訓む。題詞に「藤原朝臣八束歌一首」とあり、本歌は「藤原八束朝臣(ふぢはらのやつかのあそみ)」が詠んだ旋頭歌である。「藤原朝臣八束」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』が詳しく注して..
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先週に引き続き房総の万葉歌、行きましょう。下総やったんだから順から言うなら上総ですよ。折りしも赤字ローカル線廃止の…相変わらずの雨降りの中、気温は上がったり下がったり。 天気予報じゃないけど、ホント、服装の調整には悩まさせるこのとこです。 うん、人間様は衣類で調整できるからまだいいのかもしれない、これが植物..
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愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集1「愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集1」という本が、何だかおもしろそうです。 こちら >> 愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集1|Amazo..
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歴史書と万葉集【教科書まとめ】◆歴史書の編纂◆ 天武天皇のときから、神話や伝承、記録をもとにして天皇を中心とする歴史書の編纂が始まった。 奈良時代になって、『古事記』『日本書紀』として完成した。 ◆『古事記』◆ 『古事..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百十)今回は、一五四六番歌を訓む。題詞に「市原王七夕歌一首」とあり、本歌は、「市原王(いちはらのおほきみ)」が「七夕(たなばた)」を詠んだ歌である。市原王は、四一二・六六二・九八八・一〇〇七・一〇四二番歌..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百九)今回は、一五四五番歌を訓む。「湯原王七夕歌二首」の二首目。 写本に異同はなく、原文は次の通り。 織女之 袖續三更之 五更者 河瀬之鶴者 不鳴友吉 一句「織女之」..
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『万葉集』を訓(よ)む(その千九百八)今回は、一五四四番歌を訓む。題詞に「湯原王七夕歌二首」とあって、本歌と次歌(一五四五番歌)の二首は、「湯原王(ゆはらのおほきみ)」が「七夕(たなばた)」を詠んだ歌である。湯原王は、志貴皇子の子で、三..
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熊谷俊人・会食真理教に引っ掻き回され、こころ穏やかでないここ2-3日です。ともかく、あの知事は落下傘で房総に入り込んだ他所モンですから、房総の歌など解する訳がありません今日は晴れるのかな? 昨日は久々に降り込められました。 菜種梅雨?そうねえ、今年もその時期になりましたか。 菜種梅雨 南朝四百 八十寺 あれは遥か昔、JK卒業の年でした。 でね。..