記事「インド」 の 検索結果 10202 件
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No.593 仏陀 - あの生涯、この生涯と繰り返すのは苦しいことである汝は、幾多の生涯にわたって、生死の流れを繰り返しめぐってきた。家屋のつくりてを探し求めて。あの生涯、この生涯と繰り返すのは苦しいことである。家屋のつくりてよ!汝の正体は見られてしまった。心は形成作用を..
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No.592 仏陀 - 水もなく、地もなく、火も風も侵入しないところ水もなく、地もなく、火も風も侵入しないところ、そこには白い光も届かず、暗黒も存在しない。 そこでは月も照らさず、太陽も輝かない。聖者はその境地についての自己の沈黙をみずから知るがままに、かたちからも..
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No.591 仏陀 - それは喜ぶに足りない生じたもの、有ったもの、起こったもの、作られたもの、形成されたもの、常住ならざるもの、老いと死との集積、虚妄なるもので壊れるもの、食物の原因から生じたもの、それは喜ぶに足りない。 それの出離であって..
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No.590 仏陀 - ...であると知ったならば、苦しみが終滅する見られたことは見られただけのものであると知り、聞かれたことは聞かれただけのものであると知り、考えられたことはまた同様に考えられただけのものであると知り、また識別されたことは識別されただけのものであると..
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No.581 サイマー - 自由と平和への障害自由と平和への障害は「私のもの、私の、私自身、私らしさ、私であること」などです。これらの執着をすべて手放せば、あなたは平和そのものになります。そうするとあなたは自分の本質が愛であり、それがあなたを平和..
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No.580 サイマー - 自分というものが単に意識だけであるということを理解すると...自分というものが単に意識だけであるということを理解すると、何もすることはなく、解放を追及することもなく、脱すべき無知もなく、カルマもなく、自分自身や個人的な責任もなく、なるべき姿は何もないのです。ただ..
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No.579 ラマナ・マハルシ - 二つの道二つの道がある。ひとつは「私」の源を探り、その源の中へ溶け去ることである。もうひとつは、自分自身の力では、私は全く無力であり、神のみが全能であること、そして彼に我が身を完全に投げ出す以外、他に救われる..
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No.578 ラマナ・マハルシ - 純粋な「私」と、「私」という想念あなたは純粋な「私」と、「私」という想念を区別しなければならない。後者は単なる想念であるため、主体と客体を知覚し、眠り、目覚め、食べ、考え、死に、そして生まれ変わる。だが、純粋な「私」は純粋な存在、永..
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No.577 ラマナ・マハルシ - 列車と荷物列車の乗客は、愚かさから彼の頭上の荷物を持ち続けています。彼に荷物を降ろさせなさい。その荷物は全く同じように目的地に到着するでしょう。同様に、自分が行為者であるかのような態度をとることをやめましょう。..
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No.576 ラマナ・マハルシ - 真我は対象物よりいっそう親密なものです真我は対象物よりいっそう親密なものです。主体を見いだしなさい。そうすれば対象物はそれ自身で面倒を見るでしょう。 --- ラマナ・マハルシ
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No.575 ラマナ・マハルシ - 石の運命(質問者) 石などは永遠に石としてとどまるよう運命づけられているのですか? (ラマナ・マハルシ) 誰が石を見るのですか?それらは、心に次々と刺激されるあなたの感覚によって知覚されます。したが..
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No.474 ラマナ・マハルシ - 不幸であるべき理由など何もない本当は、あなたがみじめで不幸であるべき理由など何もない。あなたが自分で、無限の存在であるあなたの真の本性の上に限界を押し付けておいて、それから自分は限定された創造物なのだと嘆くのである。 ---..