記事「三重県」 の 検索結果 5271 件
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675 猪ノ鼻=熊野市磯崎町(三重県)覚えてますか「狭いニッポン、そんなに急いでどこへゆく?」JR紀勢本線波田須駅と大泊駅の間は、ほぼ直線で、その95%くらいは2キロ弱大吹トンネルの中である。この上を、北と南にふたつのルートの熊野古道がある。このように、伊勢路の熊野古道は、山越え峠越え向かう..
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674 カイタロー鼻=熊野市磯崎町(三重県)全国で30を超える“徐福伝説”のある場所のひとつが波田須徐福が渡来した、立ち寄った、住み着いた、いろいろな技術を伝えた、ここで亡くなった…といった伝承記録をもつ場所は、日本全国に30以上もあろうか。そのうちの8か所くらいは、これまでの岬めぐりでも訪ねたこ..
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673 遊木戸崎=熊野市遊木町(三重県)JR紀勢本線新鹿駅付近からしか眺められなかった岬この遊木戸崎が見える新鹿(あたしか)駅も、下車はしないままながら、都合3回も往来することになった。 そのつど、車窓からの写真がうまく捉えられないかと、デジカメを構えてみた。まあ車窓写真としては、天気..
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672 牟婁崎=熊野市二木島町(三重県)ウィキペディアにもない阿古師神社と室古神社を結んでドンとドンとドンと〜牟婁崎は、英虞崎から見ると、すぐ目と鼻の先にある。灯台から元来た道を戻ると、途中で下りになり、神社の脇に出る。この道は、海のほうを向いている阿古師神社の前を通って、再び山道を上って行く。この神社へは..
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671 英虞崎=熊野市甫母町(三重県)「あご」と「むろ」を仕切る一方は岩の塊に溶け込んで対話できる岬岩の圧倒的な存在感が、見るものにぐいぐいと迫ってくる。そんな印象が強く残って、その比類なき景観は脳裏に焼き付けられる。 英虞(あご)崎の広くて大きい花崗岩の岩場は、一枚岩というわけではなく、何層にも..
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670 楯ヶ崎=熊野市甫母町(三重県)神のたたかひたる処は海と岩とが打ち合いせめぎ合うところうつなみに満ちくる汐のたたかふを楯ヶ崎とはいふにぞありける これは、平安時代中期の増基法師という人の歌であるが、熊野市のホームページによると、その紀行文には、「神のたたかひたる処とて、楯をつらねたる..
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669 神須ノ鼻=尾鷲市梶賀町・熊野市須野町(三重県)三木里の海岸からも見えるには見えるのだが…「熊野へ参るには、紀路と伊勢路のどれ近し、どれ遠し、広大慈悲の道ならば、紀路も伊勢路も遠からず」 神須ノ鼻は、尾鷲市と熊野市との境界を区切っている岬である。だが、この岬を回る道には、バスも通っていな..
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668 三木崎・三木埼灯台=尾鷲市盛松(三重県)人口ゼロの盛松地区にはなにがあったか地図の記名表記によると、三木崎と三木崎(燈光会表記は「埼」)灯台の場所はかなり離れているようだが、灯台までいけば当然なんとか見えるだろうという期待は、見事に裏切られた。 どうしてこんなところに灯台を..
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667 橋掛崎=尾鷲市盛松(三重県)山道を歩きながらこう考えた…地図の地名表記も電子国土も改善の必要あり三木浦トンネルができる前の旧道あたりから半島の南の海岸までの一帯、「盛松」という名をもつかなり広い地域は、山また山である。その横っ腹をくねくねと自動車が優に通れる道が続くが、人家らしいものはどこにも..
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番外:木名峠=尾鷲市早田町(三重県)合図の狼煙は見たか役に立ったか富士は見えたのか九鬼氏がここにいたのはわずかの間ではあったが、当然その後も人の営みが絶えることはなかった。この地域が、歴史の大きな舞台になって注目を集めることはまれであっただろうが、山の険しい大台ケ原を避けると、こ..
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666 カラカマノ鼻=尾鷲市早田町(三重県)名が態を表わす岬のある町の人口は98世帯172人想像するに「カラカマ」とは「唐鎌」であり、青竜刀のようなソリをもった刃物のことであろう。どうしてそんな名前がここの岬についたのか、誰もなにも語っていないようである。 ただ、一目見ると、なるほどこれが..
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665 ナサ崎=尾鷲市九鬼町(三重県)いまからおよそ660年くらい前の壮途の船出を見送ったのは九木の港と集落がある入江は、九木崎とナサ崎のふたつの岬に挟まれている。だが、北の九木崎は死角にあるうえいささか距離もあって見ることができない。南のナサ崎のほうは、入江の場所と角度を選べば、よく見える..