記事「京都」 の 検索結果 58614 件
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京都紹介・・・「千代の古道(一条路)」付近にある天皇陵めぐりお正月にどこか歩いてみようと思われる方にお勧めなのが千代の古道(一条路)付近にある天皇陵めぐりがある。天皇陵はどこを訪れても整然と整備さていて凛とした空気感があり、参拝すると気持ちがさわやかになる。ち..
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休憩室・・・京都御苑凝華洞跡の大銀杏(区民誇りの木)で休む鳶のひと時京都御苑の凝華洞跡の大銀杏は区民誇りの木に指定された大木で、幹周/5.28m、樹高/23mある。ここは建礼門の南にある幕末の京都守護職松平容保が宿舎に利用した屋敷跡という。この大木の頂はちょうど鳶が止..
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京都紹介・・・元日と都七福神参り元旦の初詣に何処に出かけようかと考える時もあるだろう。私は昭和64年(平成元年)の一月一日に墓参りの後、日本最古京都の「都七福神参り」をすることを思い立った。ゑびす神社で色紙を買い求め、7社寺を回る。..
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京都紹介・・・千代の古道(一条路、下立売路)沿線に見られる古墳京都の町の歴史散策を試みて、平安時代以前の歴史に目を向けて見ると、いろいろな場所に古墳があることに気付くようになる。名勝雙ケ岡から広沢の池、嵯峨野大覚寺へ至る「千代の古道」と歌に詠まれた道筋は、行幸の..
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京都紹介・・・豊臣秀吉が造った王城の邸宅「聚楽第」跡の発掘調査豊臣秀吉の権勢を示す栄華の城である聚楽第は、京都の平安宮内裏の上に築かれた。本能寺の変(1582)で信長が逝去して後、秀吉はわずか4年で天下の主へと躍進し、京都の政庁兼邸宅とした聚楽第は、1586年に..
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京都市考古資料館で展示された三条せともの屋出土茶陶「ひょうげた器」市考古資料館で今年の7月14日から12月2日まで、三条せともの屋出土の茶陶が展示された。夥しい数の織部や志野他の茶陶片が出土していて、それらに安土桃山時代のデザインの凄みを見る思いがした。各地の窯で焼..
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京都紹介・・・年末の風物詩 北野天満宮の「終い天神」京都の12月の縁日は、東寺の「終い弘法」が21日で、25日は北野天満宮の「終い天神」になる。これらの行事は京都の顔になる年末の風物詩となっている。両縁日とも例月のそれとは違う多くの参拝者でにぎわい、境..
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京都紹介・・・新しい若者の街に変貌した「歴史の町三条通界隈」烏丸通から寺町通にかけての三条通界隈は、平安京の時代には貴族邸が立ち並んだ場所であり、安土桃山時代には、古田織部邸、後藤庄三郎邸、金森出雲邸などもあった。また、せともの屋町があり、これらの周辺から発掘..
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京都紹介・・・国指定名勝「智積院の書院前の庭園」智積院については2011年4月18日に紹介しているので振り返っていただくとありがたい。智積院書院前に広がる名勝庭園は阿弥陀ケ峰の斜面を利用して築山となし、滝口と渓流をあしらい、さつきを中心とする刈込を..
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休憩室・・・雨上がりの嵯峨野「広沢の池」周辺の景色嵯峨野広沢の池周辺は風致地区で田畑が残されている。広沢七つ塚古墳がその中にあり、愛宕山の景色も美しい。雨上がりの田野には山に雲がかかり雅な雰囲気を漂わせていた。ここはキジや野鳥が多い所だが、この日はセ..
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「平仮名」使用の歴史を塗り替えた発見。藤原良相(ふじわらよしみ)邸宅跡の発掘成果。藤原良相(813~867)は平安時代前期の有力貴族で西三条大臣と号された人である。小野篁が閻魔大王に口利きして蘇生させたという逸話も残っている。昨年行われた京都市埋蔵文化研究所による二条駅の西側の佛教..
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京都紅葉紹介・・・魔王(金星人)降臨の京都の玄武の地「鞍馬山」の紅葉の美しさ叡電「出町柳」から30分、美しい紅葉を窓辺に見て鞍馬に着く。鞍馬山は標高569m、古名は「暗部山」ともいい、玄武の黒が象徴される山である。この山の南東斜面に鞍馬寺があり、鞍馬天狗や牛若丸の伝説で知られ..