記事「京都」 の 検索結果 58633 件
-
京都紹介・・・東福寺の洗玉澗散策路から見える臥雲橋と通天橋通天橋を渡って開山堂にお参りして、帰り道に洗玉澗を散策して戻ることが出来る。 通天橋で上から眺めた景色を、今度は下から眺めている。谷に下りて臥雲橋や通天橋を眺め、この木造の橋廊の建築美に..
-
京都紹介・・・東福寺の.偃月橋洗玉澗となる三の橋川の上流に.偃月橋が架かっている。 この橋廊を渡ると塔頭の龍吟庵と即宗院が建っている。 1603年に建築された古い橋楼で重要文化財になっている。奥の塔頭は特別拝観時にしか..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の芬陀院(ふんだいん)東福寺の中門近くに塔頭の芬陀院がある。ここは画聖として知られる雪舟等楊が、東福寺に来た時ここに滞在し、方丈の南庭を雪舟が作ったと伝えられている。雪舟が少年時代を過ごした岡山の宝福寺が東福寺の末..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の芬陀院の雪舟庭園芬陀院の方丈の南庭は雪舟等楊が作ったと伝わり、雪舟庭園と呼ばれている。 ここの大檀徒で、室町時代の関白であり学者である、一条兼良公の所望で作庭されたという。 京都で最古の枯山水のお庭の一つ..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の芬陀院の東庭と図南亭方丈を東に回ると東庭を眺める客間となり、奥が茶室の図南亭となっている。 芬陀院は、鎌倉時代後期の公卿である一条内経公が、一条家の菩提寺として創建されている。後陽成天皇の第九皇子で、一条家第十..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の芬陀院 図南亭の悟りの窓茶関白といわれる一条恵観公の像が祀られる図南亭には禅宗のお寺にある悟りの窓と迷いの窓が配されている。 東庭をまっすぐ南に眺める悟りの窓からは、植木が見事な直線構成の眺望となり、重森美鈴氏の鶴..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の霊雲院東福寺の同聚院から臥雲橋に向う右の道の奥に塔頭の霊雲院がある。 ここは豊臣秀吉が催した北野大茶会の茶室を移した寺といい、幕末には勤皇僧の月照と西郷隆盛が密談した場所とも言われている。新しい山..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の霊雲院と日露戦争東福寺塔頭の霊雲院の玄関を上って先ず驚くのが、ここと日露戦争との関係である。 日本が一等国をめざし、明治維新から急速な変化を成し遂げて、世界の情勢が変化する中で、明治37-38年に日露戦争が..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の霊雲院と九山八海の庭東福寺の雲林院の書院の前庭は「九山八海の庭」と呼ばれている。 このお寺は1390年に開かれていて、第7世の湘雪和尚は肥後熊本の人で細川忠利公と親交があり、ここの住職となられる時、細川家遺愛の..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の霊雲院と遺愛石霊雲院の九山八海の庭にある、細川家から贈られた遺愛石は、非常に珍しい形をした貴石である。 細川三斎公の子が湘雪和尚と親交があった忠利公で、その子の光尚公が和尚に帰依されていた。 500石の..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の霊雲院の臥雲の庭と観月亭霊雲院の西庭は臥雲の庭と呼ばれている。そしてその庭は北にある茶室の観月亭につながっている。 このお寺は開創時に不二庵と呼ばれていたので、竹垣は不二垣と名づけたという。砂紋や植木、石組みで山や..
-
京都紹介・・・東福寺塔頭の同聚院(どうじゅいん)東福寺の北門から臥雲橋に向う参道の西に塔頭の同聚院がある。 東福寺のお寺のある地域一帯は、藤原忠平が924年に建立した法性寺の跡地であり、鎌倉時代初期にそれが衰微して、そこに九条道家が東..