記事「京都」 の 検索結果 58633 件
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大原と後鳥羽天皇・・・冥福を願う法華堂勝林院の手前東側に法華堂が人目につかず建っている。 普賢菩薩を本尊としたお堂であり、1240年頃後鳥羽天皇の冥福を願い建立されたものである。 現在のお堂は江戸時代、1770年代に再建されたもの..
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大原の天皇陵・・・後鳥羽天皇・順徳天皇大原陵実光院の前には後鳥羽天皇大原陵、順徳天皇大原陵がある。 勝林院への道の東側に少しあがったところにあるために、拝観観光をするとここも見落としがちである。 美しく整備された御陵の前にモミジが一本見..
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天皇陵の松と景観後鳥羽天皇と順徳天皇の大原陵から西を眺めると、御陵の手入れの行き届いた松越しに、大原の実光院や宝泉院の庭園が借景とする山並みが展望できる。 ここも高台となるために絶景を見せてくれるので見てほしい..
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勝林院への道の風景三千院から勝林院へ北へ伸びる道の景観である。 突き当りが勝林院、突き当たって左へ折れて北へ行き、勝林院の西側にあるのが宝泉院。 この写真の道の左側(西側)が実光院、右側(東側)が後鳥羽天皇大原..
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大原問答・・・声明の勝林院本堂1186年にこのお堂に天台座主の顕真僧正が、叡山に籠もる法然上人を呼び、浄土教について「念仏により極楽往生が出来るか」の問答をされている。 これが世に言う「大原問答」で、法然上人が論述された時、..
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大原問答・・・声明の勝林院と紅葉勝林院は参拝料は300円で、本堂の証拠の阿弥陀如来にお参りし、回廊で紅葉を観賞できる。 入口の橋が来迎橋となっていて、中は極楽浄土と見立てられている。 入口にイチョウが色付き、南天が赤い実をつ..
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大原の勝林院・・・証拠阿弥陀如来勝林院の本尊の阿弥陀如来は平安時代中期、定朝の父である康尚の作と言われており、のちに1737年に大仏師の香雲が補修したものと言う。 声明の詠唱を堂内は録音で聞けるので、このお寺が天台声明の根本道..
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大原の勝林院・・・本堂ひさしの透かし彫り現在の本堂は1778年に後桜町天皇の御常御所の拝領と、徳川家の衆縁で竣工したものという。 床板、彫刻などはすべて欅作りとなっており、ひさしの屋根受けの彫刻は透かし彫りで、美しい造形美を出している..
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大原の勝林院・・・東側の池とモミジ本堂の東側の坂を上ると石造りの宝筺印塔がある。 これは鎌倉時代の名品で重要文化財となっている。 その前には整備された腰掛や池のある小庭が造られており、祠と宝筺印塔に並んで南に時代を経た墓石が並..
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大原の勝林院・・・鐘楼と銀杏の景観本堂の前庭には入口付近に江戸時代に出来た鐘楼がある。 その梵鐘は創建当時の藤原時代のもので重要文化財に指定されている。 毎年この梵鐘で除夜の鐘が撞かれていると言う。 その横には美しい銀杏の木..
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大原の不断桜(ふだんざくら)・・・実光院の門大原三千院の未明橋を渡ったところに不断桜で有名な実光院がある。 ここは魚山大原寺(ぎょざんたいげんじ)下院の本堂・勝林寺の僧院である。 実光院ははじめは向かいにある後鳥羽天皇と順徳天皇陵の場所..
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大原の不断桜・・・実光院の客殿から観る庭赤い毛氈の上に座りお抹茶をいただきながらお庭を拝見する。 客殿の西側にある庭園は旧理覚院の庭園で、理覚院が廃園となり荒廃していたのを作庭しなおしたものと言う。 中央には瓢箪池があり、配置された..