記事「京都」 の 検索結果 58648 件
-
鴨川京都市北区雲ケ畑の出合橋付近を起点とし、京都市内を南北に流れる川で、 平安京の東部を流れることから、古くは東河とも呼ばれていたそうです。 高野川との合流点より上流は、賀茂川または加茂川と表記される..
-
山紫水明処江戸後期の儒学者・頼山陽が晩年に住んだ書斎で、鴨川に面して窓から 東山を望めたことから「山紫水明処」と名付けたそうです。現在も藁葺き 屋根もそのままに保存され、頼山陽の子孫が管理しているとのことで..
-
横井小楠殉節地横井小楠は熊本藩出身の儒学者。福井藩の松平春嶽に招かれ幕政改革や 公武合体の推進などで活躍しました。明治維新後には新政府に参与として 出仕しますが、明治2年(1869年)1月5日午後、暗殺されまし..
-
下御霊神社京都市中京区、京都御所の近くに鎮座する神社。祭神は「八所御霊」と 称される八柱で、これらの諸神は、いずれも政争に巻き込まれて憤死した 人々で、その怨霊を慰めるために創建されたのが当社とのことです。..
-
神田明神(京都)天慶の乱の後、平貞盛、藤原秀郷に討たれた平将門の首級は平安京 まで送られ、東の市・都大路で獄門にかけられました。 その平將門の首が晒されたとされている地に残されているのがこの祠。
-
五條天神社京都市下京区松原西洞院西入天神前にある、延暦13年(794年)に、 平安京遷都の折、空海が勧請したとされる神社。「義経記」では、武蔵坊弁慶 出生や義経・弁慶の出会いに深く関わる神社として登場してい..
-
官休庵京都市上京区武者小路通り小川東入にある、武者小路千家の茶室。 武者小路千家は、千利休からの家督を継いだ本家の表千家に対し、 分家である裏千家と併せて、三千家といわれる茶道流派の一つです。
-
一条戻橋京都市上京区の晴明神社の近く、堀川に架けられている一条通の橋。 三善清行がこの橋の上で生き返った話とか、渡辺綱と鬼の話、等が伝わり、 また、島津歳久と千利休が梟首されるなど、様々な事件の舞台となり..
-
安倍晴明像安倍晴明は、名声を極めた平安時代の陰陽師で、当時の朝廷や貴族たちの 信頼を受け、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生んできました。 鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏(土御..
-
晴明井京都市上京区の晴明神社の境内にある井戸で、安倍晴明の陰陽道の霊力 により湧き出したといわれ、無病息災のご利益があるといわれています。 千利休が茶の湯として利用し、豊臣秀吉もその茶を服したと伝わって..
-
千利休聚楽屋敷跡京都市上京区の晴明神社の鎮座する場所が、千利休の聚楽屋敷跡。 天正19年(1591年)2月28日、千利休は秀吉の命によりこの屋敷で 切腹し、首は近くの一条戻橋の袂に晒されたそうです。
-
晴明神社京都市上京区、一条戻橋の近くに鎮座する、安倍晴明を祀る神社。 安倍晴明は平安時代に名声を極めた陰陽師で、一条天皇はその遺業を賛え、 晴明没後の寛弘4年(1007年)、屋敷跡に神社を創建したそうです..