記事「京都」 の 検索結果 58649 件
-
阿古屋塚阿古屋塚とは、阿古屋の菩提を弔うために鎌倉時代に建立された供養塔。 阿古屋は、平家の侍・悪七兵衛星景清の恋人の遊女で、歌舞伎の 「出生景清」「壇ノ浦兜戦記」の場面「阿古屋の琴責め」に描かれています..
-
牛若丸・弁慶像牛若丸と弁慶が出会ったのは、京の五条の橋の上ということになっています。 京都の五条大橋の西側(河原町通との交差点近く)の中央分離帯には、 その状景を模した京人形(御所人形)風の2体の石像が設置され..
-
耳塚京都市東山区、豊国神社の近くにある、鼻塚とも呼ばれている塚。 慶長の役で、戦功の証として削ぎ取った朝鮮・明国兵の耳や鼻を 持ち帰り葬った塚で、2万人分の耳と鼻が埋められているそうです。
-
方広寺大仏殿石垣豊臣秀吉は天正14年(1586年)に、松永久秀の焼き討ちにより焼損した 東大寺大仏に代わる大仏の造立を発願し、文禄4年(1595年)に完成。 方広寺から国立博物館西側に、当時の大仏殿の石垣が残され..
-
方広寺梵鐘京都市東山区の方広寺境内にある梵鐘で、方広寺鐘銘事件で有名。 梵鐘の銘文のうち、「国家安康」「君臣豊楽」の句が、家康及び徳川家を 冒瀆するものと看做され、豊臣家滅亡を招いたとされてい..
-
豊国神社京都市東山区に鎮座する、神号「豊国大明神」を下賜された豊臣秀吉を 祀る神社で、豊臣家滅亡とともに徳川家の命により廃絶となりましたが、 のちに明治天皇の勅命により再興されたとのことです。
-
養源院文禄3年(1594年)に豊臣秀吉の側室・淀殿が父・浅井長政、祖父浅井久政 らの21回忌の供養のために秀吉に願って創建したお寺で、浅井氏の菩提寺。 本堂は伏見城の殿舎を移築したもので廊下の天井は血天..
-
法住寺京都市東山区にある天台宗のお寺で、その昔「法住寺殿」のあったところ。 法住寺殿は、後白河上皇の御所のことで、永暦2年(1161年)から、 藤原為光が建立した法住寺を中心とした広大な地域に営まれまし..
-
即成院京都市東山区にある真言宗のお寺で、総本山泉涌寺山内にある塔頭。 那須与一縁の寺と云われ、「即成院縁起」では、与一が光明院(即成院)に 参詣して武運を祈願したとされていて、山内には那須与一の墓があり..
-
退耕庵京都府京都市東山区にある臨済宗東福寺派の大本山・東福寺の塔頭。 鳥羽・伏見の戦いの戦死者の菩提寺となっていて、また、客殿の茶室では、 安国寺恵瓊、石田三成、宇喜多秀家が関ヶ原の戦いの謀議を行ったそ..
-
臥雲橋京都の東福寺境内に架かる東福寺3名橋の一つで、3名橋の1番西の橋。 紅葉の頃のこの橋からの通天橋の眺めは素晴らしいものですが、東福寺 境内ではあるものの、拝観料は要らず、公道のように自由に往来がで..
-
通天橋京都の東福寺境内に架かる東福寺3名橋の一つで、3名橋の真ん中の橋。 仏殿から常楽庵に至る渓谷・洗玉澗に架けられた橋廊で、天授6年(1380年) に春屋妙葩が谷を渡る労苦から僧を救うため架けたと伝え..