記事「兵庫」 の 検索結果 8138 件
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皇女和宮像神戸市須磨区の安徳帝内裏跡の傍らにある皇女和宮の像。和宮親子内親王は、仁孝天皇の第8皇女で、孝明天皇の異母妹。皇室から江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の正室へと降嫁しました。
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鉄拐山神戸市須磨区にある標高236mの山で、眼下に須磨浦が見下ろせます。寿永3年(1184年)2月7日、三種の神器の奪還を目指した源義経が馬で駆け下り、平家軍を壊滅させたのが、この山と云われています。
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敦盛塚神戸市須磨区の須磨浦公園から西に少し歩いたところにある五輪の塔。寿永3年(1184年)2月7日、当時16歳の平敦盛が熊谷次郎直実によって討ち取られ、その供養のためにこの五輪塔を建立されたと伝わっていま..
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敦盛公首塚神戸市須磨区の須磨寺境内にある平敦盛の首塚と伝わる五輪塔。寿栄3年(1184年)2月7日に起きた一の谷の戦いで、熊谷直実に討たれた平敦盛の菩堤を弔う為に建立されたということです。
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敦盛公首洗いの池・義経腰掛の松神戸市須磨区の須磨寺境内にある源平合戦の史跡。一の谷の合戦のあと、首実検の前に敦盛公の首を洗い清めたとされる池と、源義経公が敦盛公の首と笛を実検した際に座った松とのことです。
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弁慶の鐘神戸市須磨区の須磨寺に伝わる弁慶の鐘。 一の谷の合戦の際、武蔵坊弁慶が山田庄の安養寺からこの鐘を長刀の先に掛けて担いできて、陣鐘の代用にしたという伝説のある鐘です。
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青葉の笛青葉の笛は、弘法大師が中国(唐)から持ち帰り、嵯峨天皇に献上し、その後皇室から平家の手に渡ったといわれている笛です。この青葉の笛と、髙麗笛の2本が平敦盛遺愛の笛と伝えられています。
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源平の庭熊谷次郎直実が平敦盛を呼び返している場面の像。一の谷合戦の際、熊谷直実は海上に馬を乗り入れて沖へ逃れようとする平敦盛を呼び戻し、須磨の浜で組み討ち、その首をはねたという名場面です。須磨寺境内にあります..
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平重衡とらわれの松跡平重衡は平清盛の五男で、母は清盛の継室・平時子。翌寿永3年(1184年)2月の一の谷の戦いで、重衡は源範頼・義経の鎌倉源氏軍に大敗を喫し、敗軍の中、馬を射られて捕らえられました。
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生田川神戸市を流れる二級水系の本流で、河川敷にある生田川公園は桜の名所。一の谷の合戦の際には、平家軍は生田の森の城戸として陣をこの生田川に置き、逆茂木を並べて防御をかため源氏軍と相対したとのことです。
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萌黄の館兵庫県神戸市の北野異人館街にある異人館の一つ。明治36年(1903年) に、アメリカ総領事ハンターシャープ氏の邸宅として建築された洋館で「国 指定重要文化財」に指定されています。
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北野天満神社(神戸)ご祭神は学問の神様として知られる菅原道真公。治承4年(1180年)6月、平清盛が都を京から福原に移した際、禁裏守護、鬼門鎮護の神として、京の北野天満宮を勧請して祀ったとのことです。