記事「兵庫」 の 検索結果 8138 件
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清盛塚高さ約8.5mの十三重の石塔で、大正12年(1923年)の調査では遺骨は発見されず、墓ではなく供養塔であることが判明したとのことです。石塔の隣には平清盛像と、平経正に因んだ「琵琶塚」碑が建てられていま..
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琵琶塚 平清盛像琵琶塚はもとは前方後円式の古墳石でしたが、平敦盛の兄で琵琶の名手であった平経正に結びつけて琵琶塚(経正塚)と呼ばれるようになったそうです。琵琶塚の横には平清盛像が建てられています。
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萱の御所跡神戸市兵庫区の薬仙寺境内にある「萱の御所跡」の碑。平清盛が対立を深めていた後白河法皇を幽閉したのが萱の御所だそうで、文覚上人が忍びこみ、法皇から平家追討の院宣を得たとの説もあります。
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霊泉神戸市兵庫区の薬仙寺境内にある「薬仙寺」の名の由来ともなった霊泉。建武年間(1334年~1337年)に後醍醐天皇が隠岐島より帰京の途次に病気となり、この霊泉で薬を調進すると忽ち平癒されたと伝えられてい..
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三石神社神戸市兵庫区に鎮座し、神功皇后・天照皇大神・素盞嗚大神をご祭神とする神社。602年に推古天皇がこの地を訪れて禊を行った際に、玉座とした石を三石と呼び、天平時代にその旧跡に祠を立てたのが三石神社の始りと..
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駒林神社兵庫県神戸市長田区駒ヶ林にある八幡神社で、別称駒ヶ林八幡宮。平清盛が厳島神社に参詣の途中に上陸したところと伝わっています。また、いかなごのくぎ煮の発祥の地であるとのことです。
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平忠度腕塚堂薩摩守忠度は平忠盛の6男で平清盛の異母弟。一の谷の合戦で討ち死にする際、右腕をひじの下からから切り落とされ、その右腕を埋めたとされているのがこの場所です。
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平忠度胴塚平忠度は一の谷の合戦の際、西の木戸口を守る大将でしたが、敗れて駒ヶ林を目指す途中、源氏方の岡部六弥太忠澄に討ち取られました。平忠度の腕塚から西方約300mの所に胴を埋めたとされる塚があります。
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満福寺神戸市長田区にある曹洞宗のお寺。寺記によりますと、天文5年(1534年)の創建とのことですが、平清盛の創建との説もあるそうです。また、かつてはこの辺りを福原と呼んでいて、福原荘発祥の地とも云われている..
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戦の濱神戸市須磨区の須磨浦公園の東側にある源平合戦古戦場に建つ碑。一の谷の合戦当時、この付近には平氏の陣があったといわれ、寿永3年(1184年)2月7日、源義経率いる騎馬隊が奇襲攻撃をしたところです。
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安徳帝内裏跡安徳天皇は平清盛の娘である建礼門院徳子を母とし、わずか2歳で即位。源平合戦時の一の谷の陣では、ここに安徳帝の内裏があり、源義経はここの内裏にあったとされる三種の神器を狙って奇襲をかけたと云われています..
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安徳宮安徳天皇は一時、一の谷に内裏を置かれましたが、その後、文治元年(1185年)に、壇ノ浦の戦いで敗れ、海中に身を投じられました。安徳天皇の冥福を祈るために一の谷の内裏跡に祀られたのが、この安徳宮とのこと..