記事「和歌山県」 の 検索結果 2905 件
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771 大崎=西牟婁郡白浜町(和歌山県)観光地白浜のほぼ終点に展開する大岸壁群は圧巻三段壁が、田辺市の礫坂から乗ってきたバスの終点で、観光地白浜のほぼ終点といってもいい。昔の鉛山村に相当する地域と思われる大字地名のつかない白浜町は、この先まだ空港近くまで続いているのだが、岬もバス路..
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770 瀬戸崎=西牟婁郡白浜町(和歌山県)新第三紀層の砂岩でできている岬は千畳敷の名で知られている瀬戸崎といわれても、すぐわかる人は地元でも少ないのではないか。そこは、もっぱら千畳敷と称され、白良浜と円月島、三段壁とならんで白浜の観光名所のひとつとなっている。 「その広さはおおよそ4ヘクタールで..
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769 権現崎=西牟婁郡白浜町(和歌山県)白い砂のナゾと神も仏もごちゃごちゃになってしまう理由と白い砂浜の海岸に、温泉旅館や大きなホテルが建ち並ぶ。そこらが、いわゆる白浜温泉の中心地といってもいいのだろう。白良浜(しららはま)と呼ばれる白い海岸の北の端に緑の40メートルほどの小山があり、その先..
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768 番所の崎=西牟婁郡白浜町(和歌山県)円月も満つれば欠くるも世のならいとて…「番所」と名のついた岬・崎・鼻は、日本中に数多くある。そのなかには、古くからの伝承や歴史にまつわるものもあろうが、多くは江戸時代(それも末期)の異国船に対する警戒・防備の幕府方針にしたがって、各藩が..
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767 田尻クズレ鼻=西牟婁郡白浜町(和歌山県)崩れてしまった岬の名残りに名にその記憶も残しつつ江津良の浜でも少し似たような景色があったが、その東の田尻の浜には、その名も「田尻クズレ鼻」という表記がある。ここは、鼻とはいうけれど、まったく岬らしくないのである。道がカーブする浜の先端付近に、岩礁..
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766 阪田鼻=西牟婁郡白浜町(和歌山県)写真で記憶を呼び起こしながら辿る白浜の道では馬見崎から西の白浜町一帯、飛行場の近くまでのかなり広い地域は、元々の白浜であったという名残でもあるのだろう。ここにだけは、地名表示に字名がついていない。“白浜町○番地”である。 だが、電子国土ポータ..
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765 馬見崎=西牟婁郡白浜町(和歌山県)結局泊まらなかったけどとにかく白浜へやってきた…関東の人は「白浜といえば千葉県でしょ」というかもしれないが、西日本では白浜といえば“南紀白浜”のことである。だが、先願主義でいうならば、房総の白浜が「村」を名乗ったのは1889(明治22)年で、南紀..
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764 牛の鼻=田辺市芳養(和歌山県)松原は地名のみとなり代わりにできた大堤防は釣りキチのメッカにどうみたって岬には見えないところなのに、ちゃんと岬としての名前がついているのが、芳養漁港の牛の鼻。同じ田辺市の文里にある、神谷崎と似ている。四角い漁港の標識灯(灯台)がある防波堤にその名が表示されて..
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763 城山崎=田辺市芳養(和歌山県)地誌『紀伊続風土記』の記述に偲ばれる古の風景のなかになんでも記録を残すということは大切なことで、記録があるということはそれだけでも財産になる。現代では、大事を扱う国家の会議でさえ、議事録もなにもとらないらしいので、地域の記録などもどうなるのか、いささ..
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762 森の鼻=日高郡みなべ町堺(和歌山県)日高町・御坊市・印南町・みなべ町から田辺市の岬をつなぐ護良親王が熊野落ちするときは、傷心のうちに由良湊から切目の王子に着いたとされているが、この「王子」と呼ばれる社は熊野詣の参詣道沿いに参詣者の安全を守るため、修験者によって設けられた。 彼らが、主に都..
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761 方杭崎・長崎=日高郡日高町大字方杭・大字小浦(和歌山県)すいませんここも遠望で次は田辺まで飛びますが…日高町の誕生について、もう少し考えてみる。 “20ヶ村浦”では、1889(明治22)年に町村制が実施されると、東内原村、西内原村、志賀村、比井崎村の4か村が発足したが、このときに三尾浦は他村に移った..
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760 ムロノキ鼻=日高郡日高町大字志賀(和歌山県)入江の対岸から眺めるサクラ並木があるという岬日高町のムロノキ鼻は、今回の計画では港を挟んで対岸の由良町から眺めるだけになる。 由良港の岸壁近くから見ると、左手にセメント会社のタンクがあるが、その向こう側が境界である。そこを越えると隣の日高..