記事「哲学」 の 検索結果 6168 件
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今日は霞ヶ浦環境科学センターへ行って幻の大タナゴ、カネヒラを見てこよう私の人生、何の時代に入ったのかなあ?釣りの時代?軽トラの荷台に幌をたてて全国釣り行脚をする?まさか、その線はない。もう何処へ行っても自然は壊れきっている。ロマンがない。 写真の時代?カメラをやる..
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子供たちの努力も空しく、美しい水草アサザの姿はどこにも見えぬおとといは霞ヶ浦の水路で大きなタナゴが釣れたので、「それでは我が北浦ではどうか」と、昨日はここ潮来から神宮橋を渡ってすぐ左へ、土手の上を100mほど行った所で釣ってみた。脇の水路ではなく北浦本体..
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趣味でさえも、一方に快あるとき他方に苦があるというこの世の本質昨日もいい陽気に誘われて、おとといと同じ場所(昨日の文に掲げました写真=霞ヶ浦西岸は美浦村、陸平貝塚の少し南)へ釣りに行った(結構な身分ですね。四川省やミャンマーでは大勢に人が死に、泣いていると..
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食糧危機が迫る中、我れは縄文のコブナ釣り干ばつがオーストラリアだけでなく遂にアメリカのトウモロコシ畑をも広範囲に襲いはじめた。バングラデシュの海抜の低い地帯には海の水が上がってきて米がとれなくなった。 恐ろしい食糧危機が迫っ..
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まこと人生はだんだんと髄的満足の方へむかうとはこのことですねまったく笑っちゃいますね。この竪穴住居の中で、奥さんの喘ぎに子供が起きだしてきて、「お母さん、何してるの?」と言った、なんて言っているのですか?そんなことを考える人は他に誰もいないぞ。 ..
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大道無門、我が家に門は設けずこの木の写真はまえに載せましたが、あのときに何枚か撮ったうち、もしかしてこちらの方がよく映っているのじゃないかと思って、もう一度ね。今日の文はこれとは関係なく、昨日見ていただきました私の家の写真..
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思索の館あきれた、私はあんな隅っこの狭い部屋(写真に向って左隅の部屋、白い戸袋と窓らしいものが見えている所が私の書斎)で、 「女の股間から神へ宇宙へ」などと言っているんだ。あきれましたねえ。 ..
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われは三界に家なしようやく私の家を写真で見ていただく機会を得た。 一番手前のうちです。白壁が「へ」の字に見えているでしょう。その下はチョコレート色に塗ってあります。 こんな一軒家に私は世塵を払いて住んで..
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ガマ女にオナニーしている姿を撮らせてくれと言ったら断られたデジカメをやるようになったものの、ロットは小さかったみたい。早くも撮るものがなくなった。それともこれから何か大きく展開していくのだろうか?私のうちからの自慢の夜景はうまく映らないし、ガマ女の普通..
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四川省、ミャンマーでは5万10万の死者が出ているというのに我れはデジカメでみどり、みどり、みどり・・こんなうらぶれた寝室兼勉強部屋で、私はこの4年半、孤独のうちに「価値なき神の哲学」を書きつづけてきました。書き込むたびに印刷して左の方に積み上がっているA4版(=私はこれをなすために生まれてきた..
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縄文人の子孫が住む家の木これが、 私のこれまでの人生で、見たこともないような、えも言われぬ色と輝きをしていると思った木の葉ですが、今見ると白っぽくてちょっと冴えませんね。この日は薄雲が覆っていたせいかな。ピント..
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久々に苦悩と感激の交錯する充実した一日、大忙しの。昨日は写真をブログにのせるのに成功して、午後、さっそく、ちっちゃな愛機、オリンパスの一番安いデジカメをもって、霞ヶ浦西岸は美浦村の陸平貝塚へ行った。うす雲が覆っていたせいか、お目当ての淡いオレンジ色..