記事「哲学」 の 検索結果 6169 件
-
2008年東大前期・国語第1問「歴史拘束性と自由」【予告編】いまここであらためて、歴史とは何か、という問いを立てることにする。大きすぎる問いなので、問いを限定しなくてはならない。中島敦が「文字禍」で登場人物に問わせたように、歴史とはあったことをいうのか、それと..
-
2008年東大前期・国語第4問「演技するということ」【予告編】二流の役者のセリフに取り組むと、ほとんど必ず、まずそのセリフを吐かせている感情の状態を推測し、その感情を自分の中にかき立て、それに浸ろうと努力する。たとえば、チェーホフの『三人姉妹』の末娘イリーナの第..
-
2007年東大前期・国語第1問「芸術ジャンル――分類の可能性」【予告編】創作がきわだって個性的な作者、天才のいとなみであること、したがってそのいとなみの結実である作品も、かけがえのない存在、唯一・無二の存在であること、このことは近代において確立し、現代にまでうけつがれてい..
-
2007年東大前期・国語第4問「結婚という形」【予告編】詩におけるさりげないひとつの言葉、あるいは絵画におけるさりげない一つのタッチ、そうしたものに作者の千万無量思いが密かにこめられたとしても、そのように埋蔵されたものの重みは、容易なことでは鑑賞者の心に伝..
-
ピーちゃん大往生と来世観(改訂版)ピーちゃんの大往生は、2006年東大前期試験の国語第一問「来世観」を記事にした直後であり、死について考えるのに、ちょうどいい機会になった。 セキセイインコというと短命なイメージがあるかもしれない。実..
-
ピーちゃんが死んだ13歳のセキセイインコが死んだ。 九九の2の段を話すインコだった。 私が咳をすると喜ぶインコだった。 水の音が好きなインコだった。 ひとを斜めからの視線で見るインコだった。 ひとの頭に載るの..
-
2006年東大前期・国語第1問「来世観」なにゆえに死者の完全消滅を説く宗教伝統は人類の宗教史の中で例外的で、ほとんどの宗教が何らかの来世観を有しているのであろうか。なにゆえに死者の存続がほとんどの社会で説かれているのか。答えは単純である。(..
-
2006年東大前期・国語第4問「教育問題」産業革命以前の大部分の子どもは、学校においてではなく、それぞれの仕事が行なわれている現場において、親か親代りの大人の仕事の後継者として、その仕事を見習いながら、一人前の大人となった。そこには、同じ仕事..
-
「小さな親切・大きなお世話」に疑問一方では「日本人は親切じゃなくなった」と言い、もう一方では「小さな親切、大きなお世話」と言うのは、実におかしいなことだと思う。「大きなお世話」と思われるのが嫌で、優しい人が優しさを表現できずにいる。 ..
-
批判批判は誰にでもできる。認めることが難しい。
-
比較とは比較とは、個性を求めるものであって、人並みを求めるものではない。
-
1995年東大前期・国語第一問「他者への眼差し」市村弘正『小さなものの諸形態』より出典。 【問題文】 物との結びつきを根本的に変質させ、社会との結びつきを根底的に変化させつつある私たちにとって、そこでの出来事の生成と着床のあり方は、経験における..