記事「哲学」 の 検索結果 6166 件
-
哲学整理№117「淡き淡き、淡く消えてしまった青春ものがたり」 再掲2004年08月10日 来月9月25日の同窓会、私を深く理解してくれる人なんか、現われそうにないな。 ただの爺ちゃん、婆ちゃんの寄り合いなんだろう? そりゃあムリだ。私の哲学を理解す..
-
哲学整理№116「先を読む作業、うまいシステムの考案作業」「人は苦しみのどん底で光を見る。最も苦しんだ者が一番の知恵者である」 再掲2004・08・08 ヤマベをうまく料理する工夫をしないで、あれはマズイと言っている 私はこれまでに、「行動の原理」とか、「因果過程」の問題をずいぶん考えたのですが、そういう細かいこと..
-
哲学整理№115「アタマを働かせて隘路に活路を見出す」「独創は苦しみのうちにあり」 再掲2004年08月06日 ああ、天が下に面白いことは何もない 13年前に郷里の鳴門を訪れた時の日記ですら、既にチヌ釣りのメッカ、内の海の貝には毒があるから食べないようにとの、おふれがでて..
-
哲学整理№113「窒息で死ぬ実験をして神を見た」 再掲2004年08月01日 窒息で死ぬ実験をして神をみた 昨日の続きです。 昨日の文で、私が窒息して死ぬ実験をした話を書きました。 息を止めていると、ずーっと苦しくなっていって..
-
哲学整理№112「私は人一倍、死を恐怖し死の問題を考えた」 再掲2004年07月31日 私は人一倍、死を恐怖し死の問題を考えた 1991年3月の日記だから私55歳ごろ、ずいぶん死の問題を考えている。 出刃包丁を腹に当ててみた。刃先が腹にグー..
-
哲学整理№111 神は初めて打ち明けた、「アウシュビッツは、実は、わたしがやった」&「ある心理学のテストのこと」いずれも再掲2004年07月29日 神は初めて打ち明けた、「アウシュビッツは私がやった」と 私の哲学によって、神は初めて人類に打ち明けた、 「アウシュビッツは実は私がやった」と。 この..
-
哲学整理№110「宗教は超極限的商品」 再掲2004年07月27日 超極限的商品が宗教 宗教の存在意義については、これまでも書きました。 私のノートの方の1991年1月15日の日記もほぼ同じ内容ですが、部分的に表現がうまく出..
-
哲学整理№109「神は何兆その何兆倍もの人の個性を創り出す」「神こそ我々一人一人の苦悩を一番よく知ってくれている」再掲「神のなす仕事量の膨大さ」こそ、我々は見上げて驚嘆、言葉もないものです。 神は、こんなにも沢山いる我々人間一人ひとりの個性を創り、一人ひとりに、他の人と違った個性的な人生を歩ませている。 ..
-
哲学整理№108「私の心臓発作は治ったが妻は永遠に帰らず」 再掲2004年07月23日 私の心臓発作は治ったが、妻は永遠に帰らず 妻がガンで入院してからの日記は読むに耐えない。 何しろ、悪性の子宮ガンに腸ガンが相当進行している。 ..
-
哲学整理№107「アンネの父は子供のころ、毎晩舞踏会、ヒットラーは浮浪者で泣く」 再掲2004年07月21日 アンネの父は毎晩舞踏会、ヒットラーは浮浪者で泣く アンネのお爺さんに当たる人が、大変裕福な人で、アンネの父、オットー・フランク氏は、子供の頃、毎晩のように..
-
哲学整理№106「アウシュビッツはヒットラーが、かつて受けた苦しみの大きさをあらわす」2004年07月20日 アウシュビッツはヒットラーが、かつて受けた苦しみの大きさをあらわす 単なる性格異常者があんなにドイツ国民の熱狂的支持を受けるはずもなく、ヒットラーは、我..
-
哲学整理№105「人間はサバのように腐敗しやすい」「欲求水準の魔術についても」 再掲2004年06月28日 人間はサバのように腐敗しやすい 欲求水準の魔術についても 私ももう体力の限界だ、これからは少しのんびりしよう、とい..