記事「大河ドラマ」 の 検索結果 10779 件
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本能寺の「能」の字大河ドラマ「麒麟がくる」第5回目放映で、早くも本能寺が登場した。 明智光秀の生年は不明なので今回のドラマの年代はややあやふやだが、舞台は天文17年秋(1548)としている。 本能寺は、 14..
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お龍の馳せ報知の姿は?伏見寺田屋にて坂本龍馬と三吉慎蔵が幕府の捕吏に襲われたときに、お龍が危機を二人に知らせた。 画像は、2018/9/2放送 「西郷どん」より このときの風呂場からの馳せ報知のお龍の姿を..
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妻は、くノ一再放送が始まった。 第一回めの舞台は、文政7年(1824)の江戸。 のちの明治天皇の曽祖父になる、9代藩主・松浦清(静山)が、ドラマでは、前藩主として登場する。 平戸藩はかつては、貿易で栄え..
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朝ドラ「あさが来た」10月7日放送 お雛様今回の朝ドラで気になったことは、やはりお雛様 ひな壇の準備をしている場面が出てきたので、ときは桃の節句の3月3日かその前のことになる。 お雛様を箱から出して、いよいよひな壇の空いている上段にに..
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「花燃ゆ」9月13日放送 桔梗屋の辰路今回の関心事は、久坂玄瑞の子・秀次郎の実母のこと 秀次郎の母が、桔梗屋の辰路となったのはそんなに昔ではない。 玄瑞の曾孫(秀次郎の孫)・久坂恵一氏は当初、秀次郎の実母は佐々木ヒロとしていた。 ..
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「花燃ゆ」8月2日放送 赤禰武人今回の関心事は、赤禰武人は奇兵隊の第何代総督かということ 長藩は、文久3年(1863)5月10日の「攘夷実行」によって米船や仏船など無差別に砲撃を加えたが、3週間後に手痛い反撃を受け、馬関各地の..
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「花燃ゆ」7月19日放送 山口から萩へ今回のドラマの関心事は、移鎮した山口から一時的に萩へ戻ったこと 文久3年(1863)、萩藩は藩庁を萩から山口へ移鎮する際に、5月10日の攘夷実行に当たり萩では指揮が不便なためと申立て、その月に滞..
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「花燃ゆ」7月5日放送 蛤御門今回のドラマの関心事は、禁門の変の由来となった蛤御門 この門と関係の深い町が、宝塚の小浜(こはま) 小浜は15世紀末頃に小浜庄として開かれたらしく、有馬街道、西宮街道、京伏見街道の3つの街道が..
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「花燃ゆ」7月12日放送 講和談判の代表今日のドラマの関心事は、下関戦争の講和談判の代表 長府藩士・三吉慎蔵の家系図をみると、 三吉家初代は、先祖の本国・備後にて城持ちで三吉下総守と名乗る。その孫・三吉政房のときに、備後国から長門長..
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「花燃ゆ」6月7日放送 久坂玄瑞一家今回のドラマでの関心事は久坂玄瑞とその家族のこと 小田村伊之助と三吉慎蔵とは早くから交流があるが、玄瑞と慎蔵とは明確ではない。 伊之助と慎蔵は、文久3年(1863)の八・一八政変の1ヶ月ほど前..
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「花燃ゆ」6月7日放送 八・一八前後の行動今回の関心事は、小田村伊之助の八・一八前後の行動。 ドラマでは、藩主に大和行幸の予定を報告し、藩士を随行させる許可を貰っている。この前後のことは『楫取素彦覚書』にもあるが、他の史料で補足してみたい。..
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「花燃ゆ」6月21日放送 萩藩世子の毛利定広今回のドラマの関心事は、長州萩藩世子の毛利定広 定広は、天保10年(1839)9月22日生まれで、徳山藩毛利家から養子になり、ドラマの元治元年(1864)6月頃は数えで26才。 このとき、..