記事「大阪」 の 検索結果 56090 件
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山里曲輪跡慶長20年(1615年)の大坂夏の陣での大坂城落城の際、豊臣秀頼とその母淀殿をはじめとする主従約30名が、大坂城内で自刃しました。その場所として、山里曲輪の一角の矢倉の中とする説が有力とのことです。
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石山本願寺跡石山本願寺は戦国時代に現在の大阪城のある地にあった浄土真宗の寺院。当時から「大坂城」とも呼ばれるほどの堅固な城塞で、さらに戦国大名並みの兵力を持ち、織田信長との間に11年間の武力抗争を続けました。
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難波宮跡難波宮は飛鳥時代・奈良時代の難波(現在の大阪城の南側)にあった宮殿。白雉3年(652年)に完成し、天皇制の始まり、元号の始まりである大化の改新とよばれる革新政治は、この宮殿で行われたとのことです。
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真田の抜け穴跡大阪城から南に1.5kmほど下ったところに鎮座する三光神社の境内に、大阪城へと通じる地下道の出入り口と伝わる穴があります。この付近は、真田幸村が陣を構えた真田丸があった場所とされています。
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真田信繁像(三光神社)真田信繁は真田幸村として知られている安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将で、大坂冬の陣における真田丸の戦いで知られています。真田丸があった場所とされている三光神社の境内に像があります。
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真田丸跡真田丸は慶長19年(1614年)の大坂の陣(冬の陣)において、豊臣方の武将真田信繁が大坂城平野口の南に構築した曲輪(出丸)のこと。現在の真田山公園、明星学園付近に存在したと推定されているそうです。
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竹本義太夫生誕地竹本義太夫は江戸時代の浄瑠璃語りで、義太夫節浄瑠璃の創始者。摂津国天王寺村の農家の生まれということで、現在の大阪市天王寺区、谷町筋に沿った天王寺駅の北側に生誕地の碑があります。
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安井道頓道卜紀功碑大阪府大阪市中央区の堺筋、日本橋北詰交差点北東角に建つ石碑。東横堀川と西横堀川を結ぶ堀川は安井道頓が掘削を開始ましたが、道頓の死後は安井道卜らが引き継ぎ、元和元年(1615年)に完成しました。
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山口重信墓山口重信は幕府の許可を受けていない婚姻をしたために、蟄居の身でしたが、大坂夏の陣では武功を立てようと、井伊直孝の軍に属して参戦。奮戦しましたが、木村重成に討ち取られて26歳の若さで戦死しました。
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木村重成墓木村重成は幼少から秀頼の小姓として仕え、秀頼の信頼が厚かった武将。大坂夏の陣が勃発すると豊臣軍の主力として八尾・若江方面に出陣し、藤堂軍の右翼を破りはしたものの、井伊軍との激戦の末に戦死しました。
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河内音頭発祥の地室町時代、八尾の常光寺の伽藍再興の際に、造営材木を川を流して運ぶ運搬者の掛け声が「木遣り音頭」となり、念仏踊りと一体となったそうです。昭和初期、音頭取り有志がそれを「流し節正調河内音頭」と表示したそう..
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常光寺大阪府八尾市本町にある臨済宗南禅寺派の寺院で、通称は八尾地蔵尊。大坂の役において、徳川方の武将・藤堂高虎は本堂の北にある住職の居間(方丈)の縁側に敵方の首級を並べて「首実検」をしたと伝わっています。