記事「大阪」 の 検索結果 56090 件
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河内街道大阪府の枚方市から八尾市をつなぐ街道で、江戸時代には枚方道と呼ばれていたようですが、明治になって河内街道と記されるようになったそうです。八尾ファミリーロード北に「河内街道」の碑があります。
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小松山古戦場小松山は大坂夏の陣の際に行われた道明寺合戦の激戦地。慶長20年(1615年)5月6日未明、豊臣軍の後藤又兵衛は小松山を占拠。徳川軍はこれを包囲し、約8時間の激闘の末、後藤又兵衛は戦死しました。
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東西両軍戦死者供養塔(玉手山)大阪府柏原市の玉手山公園内にある道明寺の戦いの戦死者の供養塔。かつて玉手山付近と石川の対岸にある道明寺付近にかけては、大坂夏の陣の激戦地で、両軍合わせて約5万の軍勢が激闘をしました。
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玉手山古墳大阪府柏原市の大和川と石川との合流点の東南に、南北にのびる玉手山の洪積丘陵上に古墳が点在し、玉手山古墳群と呼ばれています。古式古墳群、横穴墓、後期古墳、の3種類から構成されているとのことです。
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後藤又兵衛の碑後藤又兵衛は大坂の陣において「大坂城五人衆」の一人に数えられた武将。道明寺の戦いにおいて、小松山に布陣して孤軍奮戦しましたが、腰を撃たれ歩行不能となり、部下の吉村武右衛門に命じて介錯されたと伝わってい..
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薄田隼人正兼相墓薄田兼相は豊臣秀吉・秀頼の二代に仕えた戦国時代の武将で、仇討ちや狒々退治の伝説で知られる武芸者岩見重太郎と同一視される人物。大坂夏の陣の道明寺の戦いにおいて討死を遂げたといわれています。
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弘法大師御休石東高野街道を道明寺から南に200m程下った沿道に祠があり、その中には弘法大師が腰を掛けて休んだと伝えられる石が安置されています。高野山へ向かう参詣者が一息つく休憩場所だったと考えられているそうです。
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誉田八幡宮大阪府羽曳野市の誉田御廟山古墳(応神天皇陵)の直ぐ南に鎮座する神社。任那の復興を目指した欽明天皇によって、応神天皇陵前に神廟が設置されたことをもって創建とされていて、このことから最古の八幡宮を称してい..
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東高野街道東高野街道は、かつて京都から高野山への参詣道として用いられた街道で、数ある高野街道のうち、いちばん東側に位置する道筋ということです。大阪府藤井寺市にある応神陵古墳の東側のところに道標と碑があります。
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関大明神社大阪府三島郡島本町にある、ご祭神を大己貴命・天児屋根命とする神社。 この地は西国街道の宿場町で、古くは山崎橋も存在したことなどから交通の 要衝として関所が設置されており、この神社自身が関所跡地であ..
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水無瀬神宮大阪府三島郡島本町にある神宮で、承久3年(1221年)の承久の乱に より配流され、そこで崩御した後鳥羽上皇、土御門上皇、順徳上皇の 神霊を配流地から迎えて合祀した神社。
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島本町 道標現在の大阪府島本町桜井にある、慶応三年のものと伝わる西国街道の道標。 正面「右 柳谷/左 西ノ宮そうじ寺道」 左面「右 山崎道,」と刻まれてます。 柳谷は、長岡京市の山中にある柳谷観世音を案内し..