記事「安岡正篤」 の 検索結果 308 件
-
【内訟】内訟とは自分の煩悩(ぼんのう)を、自分の良心に訟(うった)えることである。 『安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う』より(致知出版社刊) 安岡正篤一日一言―心を養い、生を養うposted ..
-
【挨拶】「好い年をして、挨拶(あいさつ)もろくに出来ん」と昔の人はよく言ったが、今日は若い者に限らず、年寄りまでが一向にその挨拶が出来なくなってしまった。 それでいて、やれ思想がどうの、平和がどうのと..
-
【誠は天の道 2】然(しか)し我々は次第に天地人間から分隔して<これも実は偉大な創造分化なのであるが>己私に執着して誠に叛(そむ)き易い。 その為に折角の性を傷(そこな)って天と断つの不明に陥った。 そこに諸々..
-
【誠は天の道 1】宇宙人生は天の自慊(じけん)的創造である。 自己を実現しつつある努力である。 この絶対自慊にして、何等(なんら)他に俟(ま)つ所を求めない生々化育の努力を「誠」と謂(い)う。 誠は天の道..
-
【六験】一、之(これ)を喜ばしめて以(もっ)て其(そ)の守を験(ため)す 人間は嬉しくなると羽目を外す。 しかし、人間には守らねばならない分とか節がある。 それを喜ばされたくらいで外してしまうようで..
-
【俗を楽しむ】人間は俗生活をしておればおるほど、その中に俗に動ぜざるもの、俗に汚れざるものがなければならない。 それで初めて俗を楽しむこともできる。 『安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う』より(致..
-
【悠久無限】天地は悠久である。 造化は無限である。 したがって、人間も久しくなければいけない。 物を成してゆかねばならない。 それは仁であり、忠であり、愛であるが、それを達成してゆくものは、忍であ..
-
【多岐亡羊】多岐亡羊(たきぼうよう)ということがある。 これは羊を飼っておった人が羊を逃がした。 そこで慌てて追いかけた。 隣り近所の人も一緒になって追っかけてくれたが、あんまり岐路(えだみち)が多い。..
-
【時務】事務のほうは基礎さえあれば、多分に機械的に済むことであるが、時務のほうは、時という文字が示す通り、その時・その場・その問題に対して、その人間がいかに為(な)すべきかという活(い)きた問題だから、どうし..
-
【身心摂養法 2】我われの精神は宇宙の一部分であり、宇宙は大きな韻律です。 随って我われの精神も、やはり撥剌(はつらつ)として躍動して居(お)らなければなりません。 『安岡正篤一日一言―心を養い、生を養う』..
-
【身心摂養法 1】身心摂養(しんじんせつよう)法の第一着手は心を養うことです。 心を養うには「無欲」が一番善いと古人が教えて居(お)ります。 これを誤って我われが何にも欲しないことと寒巖枯木(かんがんこぼく)的..
-
【六然(りくぜん)】自處超然(ちょうぜん<自ら処すること超然>) 自分自身に関してはいっこう物に囚われないようにする。 處人藹然(あいぜん<人に処すること藹然>) 人に接して相手を楽しませ心地良くさせる。 ..