記事「宗教」 の 検索結果 8217 件
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新「この一曲」(15) ジョスカン・デ・プレシャンソン「千々の悲しみ」「終わりなき悲しみ」ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440-1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏したとされる曲。 当時スペインなどで流行、神聖ロー..
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新「この一曲」(14) ジョスカン・デ・プレ 「オケゲムの死を悼む晩歌」デ・プレ(フランドル、1440-1521)の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ..
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新「この一曲」(13) ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア」ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440-1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 アヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが、デ・プレのは..
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新「この一曲」(12) オケゲム モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei Mオケゲム モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei Mater」 オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)の聖母に関するモテットのひとつで..
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新「この一曲」(11) オケゲム 「レクイエム」オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌..
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新「この一曲」(10) デュファイ 「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」デュファイ(フランドル1400-1474)の「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」は、長い間、デュファイの作品かどうか真偽が問題になっていたようである。 ともあれ、この素朴とも言うべきこのミサ曲..
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新「この一曲」(9) デュファイ イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(デュファイ ☆ イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(造り主なる主)」 この曲は、グレゴリオ聖歌「Conditor alme siderum(造り主なる主)」を、デ..
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新「この一曲」(8) ギョーム・デュファイ シャンソン「ああ,わが悲しみ」デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋..
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新「この一曲」(7)ダンスタブル モテトゥス「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」グレゴリオ聖歌「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」の歌詞に新しく言葉を加え、ダンスタブルがモテトゥスとして作曲したもの。 グレゴリオ聖歌の旋律にこだわらず自由に作った3声の曲。優しく淡々と..
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新「この一曲」(6)ダンスタブル モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spirダンスタブル モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spiritus/創り主なる聖霊よ、来たりたまえVeni creator Spritus」 ジョン・ダンスタブル(英139..
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新「この一曲」(5)ギヨーム・ド・マショー 「ダヴィデのホケトゥス 」ギヨーム・ド・マショー(仏1300-1377)は、ポリフォニーの本格的なミサ曲を最初に作曲した人である。 一人の作曲家がミサの通常文をすべて作曲する「通作ミサ」の最古のものがマショーの「ノートル..
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新「この一曲」(4)モンセラートの朱い本スペイン・バルセロナ郊外のモンセラート山の黒い聖母像で知られるモンセラート修道院に伝承される14世紀の朱い写本(1399製作)には、巡礼者たちによって歌い踊られた10曲の歌が残されている。 民謡や賛..