記事「小田原」 の 検索結果 2290 件
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箱根口門(小田原城)小田原城の南にあり、江戸時代の初期までは大手口だった門で、 東の大手口、北の幸田口、とともに、堅牢な石垣で固めた桝形門でした。 現在は、江戸時代の櫓門の石垣の一部と土塁が残されています。
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安斎町跡小田原城箱根口門から南に向かって通る1本の道が安斎町の跡。 安斎町の名称の由来は、田村安斎邸があったということですが、 ここで、北条氏政・氏照が切腹をしたと伝わっています。
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大手門跡(小田原城)稲葉氏の時代に、江戸に向くこの場所に大手門が移されたそうです。 大手門跡の石垣の上には、大正時代に移設された時の鐘があり、 午前6時と午後6時に鐘を打ち、市民に時を知らせているとのことです。
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北条氏政・氏照の墓北条氏政は後北条氏の第4代領主。氏照はその弟で、八王子城主。 天正18年、豊臣氏による小田原攻めにより小田原城が落城。 自刃した両人の遺体はこの地にあった伝心庵に埋葬されたとのことです。
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二宮金次郎像(小田原駅)二宮尊徳は、江戸時代後期の経世家、農政家、思想家で、通称は金治郎。 相模国足柄上郡栢山村(現在の小田原市栢山)に、百姓二宮利右衛門の 長男として生まれ、小田原では、郷土の生んだ偉人として讃えられて..
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小田原駅古くからの城下町、東海道の宿場町として栄えた小田原市の中心駅で、 神奈川県西部のターミナル駅であり、箱根観光の拠点ともなっています。 駅構内に、小田原駅開業当時の写真が大きく展示されています。
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一夜城ヨロイヅカ・ファーム小田原市早川の一夜城公園に隣接してある、パティスリー、レストラン。 扱う食材は併設する畑で採れたものや、小田原の農家が作ったものばかりで、 相模湾を望む良い景色の中で、美味しいスウィーツを味わうこ..
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石垣山一夜城天正18年(1590年)、豊臣秀吉が小田原征伐の際に築城した城。秀吉は、 この城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開いたり、天皇の勅使 を迎えたりしました。現在は、石垣山一夜城歴史公園になっ..
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流鏑馬(曽我)曽我兄弟の義父、曽我祐信は弓馬の名人で「富士の巻狩り」の際、その高い 功績から源頼朝より褒賞を受けているとのことです。曽我兄弟の縁の地である 小田原市曽我では毎年小田原梅まつりに合わせて流鏑馬が行..
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曾我梅林曽我梅林は、小田原市の北東部に広がる別所梅林、中河原梅林、原梅林の総称。約45ヘクタールの広さがあり、約35000本の梅の木が植えられています。梅の花の見ごろの2月には、毎年「小田原梅まつり」が開かれ..
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唯念名号碑唯念(1789年-1880年)は相模・伊豆・駿河にかけて各地に念仏講を組織 し、阿弥陀如来の名号を唱えることによる功徳を説いて、多数の信者を指導し ました。小田原市曽我別所、県道72号線沿いに名号..
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大山道大山道は、主に江戸時代に関東各地からの大山阿夫利神社への参詣者が 通った古道の総称。その中の一つ、六本松通り大山道が現在の小田原市 から曽我別所を通って大山へと向かって伸びていました。