記事「岐阜」 の 検索結果 6009 件
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長良公園長良公園は岐阜市にある公園で、枝広館の跡地と推定されているところ。枝広館は天文元年(1532年)に土岐頼芸が築いた居館で、その頃、頼芸は長井規秀の計略で兄政頼を追放して美濃守護の地位を手に入れました。..
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鷺山城跡岐阜城から北西に約5km程のところにある城址。斎藤道三の娘の濃姫は鷺山殿と呼ばれていたため、ここでの育ちと考えられています。斎藤道三の晩年の居城でしたが、道三敗死後、廃城となりました。
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道三塚弘治2年(1556年)4月、斎藤道三は、子・義龍と長良川で戦いましたが、兵数に劣る道三軍は敗れ、道三自身も4月20日、城田寺に退くところを長井中左衛門、小牧源太、林主人等によって討ち取られたと伝わって..
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稲葉一鉄寄贈の梵鐘稲葉一鉄は斎藤氏、織田氏、豊臣氏に仕えた武将で、美濃国曽根城主。 安藤守就、氏家直元と共に西美濃三人衆と併称され、その筆頭とされました。 岐阜市の崇福寺に稲葉一鉄が寄贈したとされる梵鐘(再生)がありま..
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崇福寺織田信長が岐阜に入ってから織田家菩提寺となったお寺。本能寺の変により織田信長と織田信忠が亡くなると、二人の遺品は側室のお鍋の手で岐阜城から崇福寺に持ち込まれ、信長・信忠廟所に埋められたとのことです。
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馬篭宿中山道69次の中の43番目の宿場で、木曽11宿の一番南の宿場町。かつては長野県木曽郡山口村に属していましたが、平成17年(2005年)2月の山口村の越県合併により、岐阜県中津川市に編入されたそうです。..
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藤村記念館かつて中山道の宿場町であった馬籠宿の島崎藤村生家跡に建つ文学館。島崎藤村の生家は馬籠宿の本陣でしたが、明治28年(1895年)の大火で焼失し、その本陣跡に昭和22年(1947年)、この文学館が建てられ..
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南宮大社岐阜県不破郡垂井町の南宮山の山麓に鎮座する神社で、 鉱山の神である、金山彦命を祭神としており、全国の鉱山・金属業の 総本宮として古くから信仰を集めているそうです。
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桃配山関ヶ原の戦いの際、東軍の総大将徳川家康が最初に陣を置いた場所。 桃配山は、672年に起きた壬申の乱のおり、大海人皇子(後の天武天皇)が 出陣して、桃を全兵士に配り、戦いに快勝した所と伝えられていま..
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東首塚JR関ケ原駅からすぐ近くのところにあるのが、関ケ原合戦の東首塚で、 家康の命により、首実検後の首を竹中重門が祀ったとされるところです。 関ケ原合戦の戦死者は、両軍合わせて、1万~4万にも上るそうで..
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松平忠吉・井伊直政陣跡慶長15年9月15日の関ケ原の合戦において、家康の4男である松平忠吉と 後に彦根藩主となる井伊直政が、約6000の兵を率いて陣を構えた場所。 午前8時頃、先鋒の福島正則より先に攻撃を開始し、戦端が..
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首洗いの古井戸関ケ原の東首塚のすぐ脇にある、討ち取った首級を洗ったとされる古井戸。 家康による首実検に先立ち、合戦で討ち取られた西軍将士の首級は、 この井戸水を使って血や土などが洗い落とされたと伝わっています。..