記事「日本の歴史」 の 検索結果 495 件
-
陽泰寺砥石城の麓に陽泰寺がある。 なかなか立派なたたずまい。 階段を上って行く。 山門をくぐる。 小県地方にはこんなたたずまいの山門が多い。 ..
-
砥石城冬は山城歩きの季節だと思う。草が茂らないし、蛇が出てこない。砥石城址を目指す。 きちんと駐車場があり、すぐに櫓門がある。中にひどく狭くて急な階段があり、上に登れる。 絵..
-
丸子城3 丸子城本丸丸子城は真田家の家臣だった丸子氏の居城で、1585年の第一次上田合戦で丸子表の戦いが行われた。この時、真田昌幸の救援もあって、城主丸子三左衛門は善戦し徳川軍を撃退した。安良居神社の裏手から丸子城に..
-
戦国の合戦と武将の絵辞典近くの本屋を覗いたら「戦国の合戦と武将の絵辞典」が沢山平積みになっていた。パラパラめくると、先日ゲットした連獅子のフィギュアみたいな可愛らしいイラストがふんだんにある。あと気に入ったのが、合戦..
-
本居宣長旧居 鈴屋本居宣長記念館の裏手のお城の敷地に、宣長の旧居が移築されている。 こちらが玄関に接する部屋。ここで宣長は医者を開業していた。当時は患者が来るというよりも、医者の方から患者のところに通..
-
本居宣長記念館本居宣長は日本史教科書に出てくる。伊勢松坂の江戸時代の国学者で「古事記伝」を書いた。「からごころ」を排して「やまとごころ」を大切にすべきと言った。源氏物語から「もののあわれ」を読み取った。そのあた..
-
伊勢神宮 内宮(皇大神宮)外宮に参拝し、おかげ横丁で赤福を食べてから内宮の参拝に向かう。五十鈴川にかかる宇治橋を渡る。この手前の鳥居の材は式年遷宮の後で、外宮正殿の棟持柱として使っていたものを使用し、向こう側の鳥居は内宮..
-
伊勢神宮 外宮(豊受大神宮)伊勢神宮は外宮から参拝することになっているので、まずは外宮へ。 外宮は正式には豊受大神宮といい、ご祭神は天照大神の御饌(みけ)を用意する食物の神様である豊受大神。 表参道から入っていく。 ..
-
蘇民将来子孫門伊勢地方を歩いていたら、この季節、5月でも玄関の上にお正月のしめ縄を飾った家が目に付いた。松阪の本居宣長旧居の入り口にもあった。 よく見ると真ん中に蘇民将来子孫門の板札がある。それで思い..
-
伊勢神宮献上の熨斗鮑(のしあわび)相差町から海岸線にそって少し北上して国崎(くざき)に行く。かつて倭姫が天照大神鎮座の地を探していた時に、この地で海女から鮑を献上され、それがきわめて美味だったことから、毎年伊勢神宮へ鮑を献上するよう..
-
石神さんの春まつり母上が鳥羽市の相差(おうさつ)町出身の方から、この地が日本で海女さんが一番多いことを聞いた。毎年5月7日に石神さんの春祭りがあり、男たちが調理して、海女さんだけでなく訪れた人々にもふるまうことを聞い..
-
関ヶ原伊吹山を下ると、そこは関ヶ原。石田三成の陣がある。 小高い山の麓に馬防柵がある。そこから少し登ると、関ヶ原全体を見渡せる展望台にでる。 徳川家康は最初、左手の南宮山..