記事「日本」 の 検索結果 48333 件
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<兵庫時間旅行> 須磨寺 敦盛首塚源平合戦での最も大きな合戦場、一ノ谷。 須磨区には今も一の谷の地名が残る。 平家方の若き武者、平敦盛が首をとられたのもこの地。 須磨寺には、敦盛の首を検分した時に義経の座ったという腰掛けの松..
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<兵庫時間旅行> 須磨寺 鬼瓦鬼瓦の厳しい表情。 須磨寺の境内は、どこかぴんと張り詰めたような空気が漂う。 古く9世紀末に建立されたこの寺(正式名は上野山福祥寺)。 12世紀後半、平家が倒れ、源氏が興隆する険しい時代に、..
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<兵庫時間旅行> 北野天満神社 隙間猫あっ、あんなトコ△に。猫。 Sep11 中央区/神戸市/兵庫県
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<兵庫時間旅行> 北野天満神社 港町神戸一望北野天満神社の急階段を登りきれば、 港町神戸が、先の海まで眺めわたせる。 神戸北野のシンボル、風見鶏の家も眼下に。 Sep11 中央区/神戸市/兵庫..
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<兵庫時間旅行> 北野天満神社平安時代末期。時の権力者、平清盛は遷都を行った。京都から福原へ。 福原は今の神戸市中央区あたり。 1180年、福原都の鬼門の守りにと、菅原道真を祀るこの神社も建てられた。 京都北野天満宮..
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<兵庫時間旅行> 須磨の海『源氏物語』において“須磨”の巻は大きな転換の場面である。 紫の上を伴うのも躊躇われる侘びしい土地。巻末には嵐がくる、流転の描写。 現代の須磨の海にはその陰りなどなく、夏を名残惜しむ人々が..
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<兵庫時間旅行> 源光寺 芭蕉と子規と17世紀末、松尾芭蕉は須磨を旅した。 源光寺も訪ねたそうだ。境内に碑がある。 見渡せば ながむれば 見れば 須磨の秋 それから200年後の19世紀末、正岡子規は須磨..
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<兵庫時間旅行> 源光寺 須磨の関跡淡路島 かよふ千鳥の なく声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守 須磨関といえばまず思い出すのが、百人一首にも採られたうた。 名の通った関だが、どこがその跡かははっきりとしない。 というの..
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<兵庫時間旅行> 源光寺 光源氏旧居旅する土地は須磨へ。 時は「いずれの御時にか」。 コムラサキ色づく境内。寺の名は源光寺。 源と光の字でぴんとくる方はいるだろうか。 この寺は光源氏の須磨での旧居跡、ということになってい..
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<兵庫時間旅行> 生田神社 蛭子社深い緑、旧来人は森を祈りの対象としたという。 森=杜、なのである。 生田の森。枕草紙にも「森は生田の森」と綴られたという、古からの祈りの森。 その森の前にある蛭子神社。 (蛭子と言代主が同..
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<兵庫時間旅行> 生田神社灰色のビルの谷間に、朱の神社の存在感。 生田神社はその起源が神話と混ざりあうほどに古の神社。 しかも「神戸」の起源にも関わりがあり、1200年前、生田神社に税を納めていた家々「神戸」が、次第に..
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<兵庫時間旅行> 2000年を辿る兵庫は仕事で何度か来ていたが、いつもお取引先まっしぐら、観光らしいことをしたことがなく、ずっと気になる土地だった。 気になりついでに調べたら、兵庫という土地の名自体が天智天皇の武器庫の意味だとか..