記事「日経新聞」 の 検索結果 2587 件
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『ふりさけ見れば』(91~97)三月十八日、多治比広成ら遣唐使首脳と張九齢の対面が行われた。仲麻呂は通訳をつとめ、両者は終始なごやかな雰囲気の中で食事をした。 ただひとつ問題なのは、遣唐使船が底荷として積んできた硫..
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『ふりさけ見れば』(85~90)「分かっております。しかしここは芙蓉園なのですから、朝廷の人士との交流を優先するべきでございましょう」 「私は明日、陛下のご命令で洛陽に向かう。今日のうちにすませておかなければならない用..
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『ふりさけ見れば』(79~84)それ以上の手掛かりをつかめないまま、二人は長安に引き返すことにした。 弁正が急に帰国を取りやめたのは、何かの役目をはたすためだったとすれば、それを命じたのは前回の遣唐押使だった多治比..
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『ふりさけ見れば』(73~78)仲麻呂は朗読を終え、墓前に供えた革袋の酒を墓道にまいた。 「真成さんはよく聞きに来ました。国ではどんな服を着ているのかと」 大秦の白面の若者が言った。 「そうそう。特に祭りと結婚..
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『ふりさけ見れば』(67~72)「死因は毒だと、医師が認めたのか」 「はい。坊内に住む医師が確かめました」 「しかし……いったいどうして」 仲麻呂は真成の枕元にしやがみ込み、開いたままの目を閉じた。そして乱れた襟..
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『ふりさけ見れば』(61~66)真備の書状が届いた日の午後、仲麻呂は大業坊の井真成の寮を訪ねた。 真成は官服の制作に没頭していた。 没頭すると寝食を忘れる質なので、頬がこけ細いあごが無精ひげにおおわれている。 ..
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『ふりさけ見れば』(55~60)「今日帰宅する時、裸足の少女から銭を恵んでくれと頼まれた。ところが私は、応じてやることができなかった。張宰相に突き放された気がして、心が棘立っていたからだ」 「お酒、まだありますか」 ..
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『ふりさけ見れば』(49~54)「ところで帰国のことだが、蘇州まで行って心が定まったかね」 「出発前に若晴と話し合いました。十五年間連れ添ってくれた妻を残して帰るのは断腸の思いですが、遣唐使に選ばれた時に帝と祖国に身命..
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『ふりさけ見れば』(43~48)「おう、仲麻呂、真備と吉麻呂も来たか」 船人が渋い笑みを浮かべた。 五十四歳になるが、海で鍛えた体は引き締まり、筋金が入っているようだ。 「何か釣れるのですか」 「久々に唐に来..
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『ふりさけ見れば』(37~42)三日、四日、五日と舟に揺られていると、まわりの風景が少しずつ変わっていく。 やがて淮河が近くなると、百隻ばかりの舟を珠数つなぎにした一行とすれちがった。 「仲麻呂、あれを見ろよ」 ..
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『ふりさけ見れば』(31~36)開元二十一年(七三三)九月四日、阿倍仲麻呂らは二両の馬車をつらねて興慶宮を出発した。 仲麻呂は馬車の窓を開けて、庶民の窮状の度合いを計ろうとした。 飢餓が深刻化するにつれて物乞い..
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『ふりさけ見れば』(25~30)(仲麻呂のところは、どうだろう) 仲麻呂とは幼馴染である。執節使(全権大使)をつとめた粟田真人が、後進を育てるために開いた私塾で共に学んだ仲だった。 だが六歳年下の仲麻呂に、真備は..