記事「日経新聞」 の 検索結果 2587 件
-
『ふりさけ見れば』(164~169)第四章 「それぞれの道」 三泊四日の滞在を終え、阿部仲麻呂と張若晴は洛陽に向かうことにした。 「ねえ。今度生まれる子は、男と女どちらがいいですか」 「女の子かな」 「あなたに似て頭が良..
-
『ふりさけ見れば』(158~163)「遅くなってすみません。薬草店のご主人が、栽培している畑を見てくれとおっしゃるので」 「この匂いは、その薬草かな。いつもとは違うようだけど」 「いろいろと混じり合ったのかもしれません。何..
-
『ふりさけ見れば』(152~157)難波津で遣唐使船の出港を待っていた時、装備の不足で出港を十日ほど延期すると告げられた。 その間所在なく過ごしていたが、ある時下道(吉備)真備が河内の温泉に行こうと言いだした、 「航海..
-
『ふりさけ見れば』(146~151)二日後、王維が訪ねてきた。 「ああ、温かい家庭の香りがする。持つべきものは優しい妻だよ」 若晴をまぶしげに見つめて、竹の籠に入れた饅頭を差し出した。 仲麻呂は出仕に備え、いくつか..
-
『ふりさけ見れば』(140~145)広成は急に顔を赤らめて激怒し、命令に従わなければこの場で斬り捨てると、節刀も切っ先を喉元に突きつけた。 仲麻呂はそれを避けようと後ろに下がり、いつの間にか崖の淵に追い詰められて真っ逆さ..
-
『ふりさけ見れば』(134~139)「昨年正月に尚衣奉御の位を贈っていただいたのは、あなたの同輩でしたね。名前は確か井真成だったと思いますが」 「おおせの通りでございます」 九齢の同意のまなざしを得て、仲麻呂は玄宗の御前..
-
『ふりさけ見れば』(128~133)一行は南門から入り、この日のために造られた行幸殿に入って仕度をととのえ、農民の中から選ばれた者たちに案内されて籍田に入る。 仲麻呂は三人の若手官僚を従えて皇帝と同じ動線を歩き、準備が落..
-
『ふりさけ見れば』(122~127)開元二十三年(西暦七三五)の年が明けた。 阿倍仲麻呂の妻の若晴とともに、鴻臚寺の宿所で暮らしていた。 昨年の四月、遣唐大使の多治比広成から唐に残って弁正に協力するように命じられた。..
-
『ふりさけ見れば』(116~121)「真備さん、お願いです。助けて下さい」 「どうした、玄昉」 「四号船に乗り込んだところ、いきなり水夫たちに袋叩きにされました。恐ろしくてとてもあの船には乗れません」 「お前、なぜ殴られ..
-
『ふりさけ見れば』(110~115)第三章 「帰国と残留」 「義父のように、密貿易を始めるつもりか」 「いいえ。海賊の頭になるのよ。もし真備が約束を破ったなら、日本の船を片っ端から襲うからね」 「それは困る。そんな物騒なこと..
-
『ふりさけ見れば』(104~109)第三章 「帰国と残留」 真備が典礼や暦、音楽、軍事方面のもの中心に買い集めたのは、遣唐使留学生四人で役割分担をしていたからである。 律令についての書物や史書は阿倍仲麻呂が担当し、帰国後は..
-
『ふりさけ見れば』(98~103)第三章 「帰国と残留」 下道(吉備)真備は六月まで洛陽にとどまっていた。多治比広成ら遣唐使の一行は四月末に蘇州に向かって出発したが、阿倍仲麻呂が急に同行できないと言い出したからである。 「..