記事「日経新聞」 の 検索結果 2587 件
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『登山大名』(376~371)わたしの旧臣の一人に小河弥右衛門がいる。 明暦三年、らんと出会った翌年、中川の家臣にとりたてられた。 五人組の宇目に中川家へ入りこんでいる公儀の密偵を探索させる際、当時は新参者だった..
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『登山大名』(370~375)「こたび、そなたを岡へ招いたわけは、聞いておろうの」 「鎌倉に創建される御寺の開山に、拙僧をご推挙くださったそうにて……」 「うむ。そなたなら願うてもない。東渓院は夏姫の菩提寺、そもそも夏..
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『登山大名』(364~369)第十四章 東渓院 夜陰にまぎれて碧雲時の山門をくぐる。 孫左に先導されて本堂へ入った。供は平作ただ一人、こうして隠密裏に動きまわれるのもわたし自身が隠居して久しいがゆえである。 本堂で..
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『登山大名』(361~363)なぜ、加衣を手放そうと思ったのか。 加衣の行く末をおもんぱかったからだ。わたしは老人である。この先そう長くは生きられない。 むろんそれだけではなかった。 佐代は生きていた。わたし..
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『登山大名』(355~360)第十三章 碧雲寺 らんが英勝寺で夏姫を産んだとき介添えをしてくれた清雲尼こそ、わたしの想い人、佐代だったとわかったのは、生き別れになって三十四年もの歳月が流れてからである。 むろん、行ける..
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度胸満点 新日銀総裁:植田氏先頃、新日銀総裁に植田和男氏が決定したと報道されました。 ウィキで経歴を拝見しますと、ものすごい超エリートの経済学者でした。 私は期待したいです。 戦後初の、経済学者の日銀総裁。 ..
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『登山大名』(349~354)第十三章 碧雲寺 夢を見ていた。 嵐の中、岩場の道をずぶぬれの女がこちらへ歩いてくる。胸に抱いているのは赤子か。らんッ。わたしは手をさしのべた。らんは赤子を手渡そうと身をのりだした。が、そ..
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『登山大名』(348)「どうだ、落ち着いたか」 晩秋の一日、わたしは主のいない八兵衛屋敷で宇目とむきあっていた。 「はい。お話をせねばとおもうておりました」 らんが眠る小さな丘の周辺は、田畑もあるが、まだ..
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『登山大名』(342~347)「宇目。おぬしはどうじゃ」 「は、はい、わたくしも……」 「よし。さすれば両人の夫婦の儀はこの場にて余が許す。五人組はこれにて解散するが、最後に、めでたき話が聞けた。重畳である」 一同..
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『登山大名』(336~341)わたしのためらいを読みとったかのように、宇目が雄叫びをあげた。 「問答無用ッ」 丸太を抱えたまま御門へ突進する。四十人力と謳われる大力である。 わたしは物見櫓の上にいた。視界に伝熊..
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『登山大名』(330~335)このころ江戸では、久恒が新藩主としての諸事に追われていた。 一方、岡では、巡見使の一行が三佐へ立ち寄るとの知らせがあった。 「坊ガツルのあたりに人が群れているそうにございます。戦を仕..
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『登山大名』(325~329)第十二章 戦砦 寛文七年、隠居の身となって初めて領国岡ですごす正月――わたしは八兵衛屋敷へ来ていた。 谷の丸太小屋から、岡城西の丸に新築されたばかりの八兵衛屋敷へ迎えられたとき、八兵衛は、..