記事「昭和」 の 検索結果 4647 件
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仙話§人間、霞を食って生きているわけでは1970年代、フォークソングがブームの頂点にあった頃、コンサートの 聴衆がステージに出てきた歌手に“帰れ!”コールを浴びせるという ナンセンスかつ不可思議な状況が生じていた。 理由はつまらな..
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悼話§稲尾和久さん(投手)~神様、仏様~引退したのが1969年だから、数年はリアルタイムだったはずなのに、 彼がマウンドに立って投げている中継を見た記憶がない。 理由は単純で、その頃もテレビ中継は巨人戦中心で、セリーグの対戦 だけ..
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自話§尾瀬を歩く~東京から尾瀬へ~今は東武鉄道の電車が鬼怒川の先から会津まで達したので、そっちの 行程のほうが主流になっているらしいが、30年前の昭和時代の王道を 基本にした尾瀬歩きを俯瞰する。 当時、東京から尾瀬を目指す一..
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劇話§『寝坊な豆腐屋』新橋演舞場女性の年齢を書くのは失礼だということになっているが、森光子…… 87歳である。 悪夢にうなされてばかりいる勘三郎の豆腐屋は寝坊である。勘三郎が 演じる42歳独身の豆腐屋は、幼少の時に出て行っ..
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郷話§お子様洋食なるものとある掲示板で読んだ記事が昔懐かしかったので、すっかり当時の様 子が眼前に展開してしまった。 40年以上も前の田舎町、今以上に屋台を引いた物売りが行き交ってい た。その中の一つに、おばさんと..
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拉話§ごくごく真っ当な普通の中華そばあれなら家でインスタントでも作って食ったほうが上等だという苦い 思いを引きずったまま一週間が過ぎてしまった。 そんな思いが強いせいで、自分自身にとっての中華そばの原点が甦っ てきた。ン十年前..
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技話§オリンピックにおけるコペ転[1968年]走り高跳びといえば、はさみ跳びかベリーロールという時代だった。 1968年のメキシコ・オリンピックは、時差ということもあって録画を 見ていたような記憶である。最大の話題はといえば、2000mを..
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駒話§加藤一二三九段……1000敗勝敗を見ると1262勝しているが、1000敗というのは本当に凄いと妙な 感心をしてしまった。 それにしてもこのレベルの棋士にして勝率五割五分は相撲で言ったら 8勝7敗とちょっとなわけで、いく..
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憶話§ミュンヘンの陸上競技場写真は、去年の旅行でミュンヘン市内から郊外に出る時に通り過ぎた オリンピックパーク、実物を見るのは初めて。 市の中心部から5km足らずの距離にある。そりゃあ、新宿区霞ヶ丘の 国立競技..
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平話§8月15日~君死にたまふことなかれ~與謝野晶子に関する文章を読んでいたら、以下の主旨のような言葉を 彼女が発していた。時あたかも終戦の日なので書き留めておく。 自分達は安全な場所にいる権力者が嵩にかかって 戦争、あるい..
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遊話§夏休みの思ひ出など小学校の時は一学期の終業式の日に、1冊の“夏休みの友”なる宿題 帳が配られ、それを毎日消化するようになっていた。 そんな悠長なことはやってられない性質だったので、天気や気温とい う毎日の課題..
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史話§歌謡曲、演歌、Jポップス辛うじて持っているカラオケのレパートリーは米米CLUBどまりで それ以降の邦楽の曲など半端でもなんでもなく知らないも同然状態。 自分の中では昭和、あるいは20世紀で終わっている感じ。 我が身..