記事「昭和」 の 検索結果 4647 件
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懐話§昭和三十年代~電気洗濯機~[承前] しかと理由はわからなかったけれど、実家は電気製品の導入が遅かった……経済的に豊かでなかったことは子ども心にもわかっていたが、それにしてもである。 テレビが入ったのは1962年、冷..
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懐話§昭和三十年代~年始回り~[承前] 実家で暮らしていた小学生の頃の正月。2日になると、父親が年始回りを始めるのだった。挨拶に伺うのは、親しい知り合い10軒ほどだったのではと記憶していて、荷物持ちに付き合わされることがあっ..
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週話§日曜有閑~今年は有閑~そういえば昭和の頃にしばしば使われた“有閑マダム”なる言葉がすっかり使われなくなって、消滅したも同然のようだ。その有閑マダムがいつ頃から使われ出したのか大雑把に調べてみた。 1935~38年にか..
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懐話§昭和三十年代~公益質店~[承前] 何というか、子供心に貧乏だと感じさせられ続けた実家だったが、たぶんおそらく親が質屋に通っていたという記憶はない……子どもに知られないようひそかに通っていたかもしれないが。 小学校..
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金話§ギザ十の人1951年から1958年にかけて製造発行された10円玉の縁には、溝が彫られて、通称“ギザ十”と呼ばれている。 我々の世代はジャストのタイミングでギザ十の人たちなのだ。小学校低学年の子どもにしてみ..
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週話§日曜粛々~汲み取り便所~実家があった町は、人口10万ちょぼちょぼの中規模ちょっと下くらいの都市だった。オンボロ同然の我が家はそこの町の中心部に建っていて、数十mも歩けばメインストリートに出ることができたのだ。 そんな立..
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歴話§我が漫画小史②少年マガジン、サンデー[承前] 少年画報と入れ替わるように我が眼の前に現れたのが、創刊して間もない週刊少年マガジンと週刊少年サンデーだった。読み始めたのは確か創刊翌年の1960年頃からだったと記憶。 少年マガジ..
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歴話§我が漫画小史①少年画報我が漫画事始めは、保育園年長だった1960年に読み始めた少年画報だった。 まだようやく平仮名片仮名が読めるようになった程度だったのに、どうして親が毎月買い与えてくれたのか、今もってさっぱり理解で..
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弦話§フォークソング半世紀グループサウンズが一段落して、フォークブームが始まったのは1970年……高校1年の頃だった。もちろん60年代には岡林信康、高石友也といった面々の活躍が勃興期で、1970年には一気に盛り上がりを見せたの..
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週話§日曜粛々~東京中心という考え方~東京に行かなくてはと考えるようになったのは、小学校の高学年だったか、中学に入ってからか……いずれにしてもそのあたりの頃のことと思われる。 高校まで暮らした田舎町は将来の展望が見えず、仮に大学を出..
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顧話§今日の歴史~ショートケーキ・フェア~1916年11月16日、横浜元町で洋菓子の不二家が創業。 アメリカのアニメ『ポパイ』のスポンサーとして不二家の存在を知ったわけだが、存在を知った瞬間から、子どもにとっての大きな憧れになったのだ。..
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週話§日曜粛々~床屋の洗髪~実家で暮らしていた高校生の頃まで、家から歩いて1分のところの床屋で髪を切ってもらっていた。 その頃はまだ、ヘアカットしてもらう椅子の前に洗髪する設備はなかった。椅子でシャンプーを泡立ててもらった..