記事「東宝」 の 検索結果 963 件
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【西条昇のさよなら日劇コレクション】昭和13年の日劇でのドイツ・レヴュー「ハイル・ヒットラア」公演プログラムとヒトラーユーゲントの訪日手元にある、昭和13年9年の日劇の公演プログラム。 実演は日劇ダンシングチームによるドイツ・レヴュー「ハイル・ヒットラア」である。 日劇ダンシングチームの女性ダンサーたちがドイツの軍服姿でハーケン..
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【西条昇のさよなら日劇コレクション】昭和9年の日劇での「マーカス・ショウ」公演プログラム③手元にある、昭和9年(1934)3月の日劇での「マーカス・ショウ」の公演プログラム。 表紙は当時の日劇の空撮写真である。 こうして見ると、当時の日劇が「陸の龍宮」と言われたというのも納得だな。 ..
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【西条昇のさよなら日劇コレクション】昭和9年の日劇の「マーカス・ショウ」の公演プログラム①手元にある、昭和9年(1934)3月の日劇での「マーカス・ショウ」の公演プログラム。 マーカス・ショウは当時の吉本興行部の吉本せいや林正之助の弟の林弘高の招聘・プロデュースにより来日したアメリカの..
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【西条昇のさよなら日劇コレクション】昭和10年の日劇での「パンテージ・ショウ」公演プログラム東京・有楽町の「TOHOシネマズ 日劇」が2018年2月上旬に閉館し、1933(昭和8)年に映画とレビューの「日本劇場」がオープンして以来、約84年にわたって親しまれた「日劇」という名称が消えることに..
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【西条昇の昭和芸能史研究】昭和33年の大阪・北野劇場での「ロカビリー旋風」公演パンフ手元にある、昭和33年4月末の大阪・北野劇場での「東西ロカビリーNo1合戦 ロカビリー旋風 青春の歌声」の公演パンフ。 同年2月に日劇で第1回「日劇ウエスタンカーニバル」が開催され、若い女性ファ..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和8年の宝塚少女歌劇団「世界一周」のマッチラベル手元にある、昭和8年(1933)4月の宝塚大劇場での宝塚少女歌劇団花組による歌劇二十周年記念 大レヴュー「世界一周」のマッチラベル。イラストが可愛いね。 歌とダンスと寸劇で繋ぐ世界めぐりは、もともと..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和2年の宝塚歌劇「モン・パリ」の楽譜手元にある、昭和2年(1927)9月に宝塚少女歌劇団・花組によって初演された岸田辰彌・作のレヴュー「モン・パリ ~吾が巴里よ!~」の楽譜。 日本のレヴューは、ここから始まった! 岸田劉生の弟で帝..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】〝ニセ宝塚〟宝塚舞踊歌劇団の公演チラシ手元にある、昭和初期のニセ宝塚歌劇団のチラシ。 「涼艶萃麗秋の大レヴュー!!」とのキャッチ・コピーに、「宝塚舞踊歌劇団」との劇団名。 はじめは普通に当時の宝塚少女歌劇のものかと思ったが、よく見てみ..
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【西条昇の日劇ミュージックホール研究】昭和27年の日劇ミュージックホールの舞台写真手元にある、昭和27年の日劇ミュージックホールの舞台写真。 左から、コメディアン兼ピアニストの〝ブーちゃん〟こと市村俊幸、ミゼット芸人の空飛小助、当時は新谷登と名乗っていた頃の〝和っちゃん〟こと泉和..
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【西条昇の喜劇コレクション】菊田一夫によるエノケンへの追悼文の生原稿手元にある、「榎本健一 逝く」と題した菊田一夫の直筆原稿400字5枚と署名。 エノケンと菊田が初めて出会った浅草・玉木座の「プペ・ダンサント」時代の思い出などが専用の原稿用紙に綴られている。
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【西条昇の喜劇コレクション】昭和14年の有楽座でのエノケン一座のパンフ手元にある、昭和14年3月の日比谷・有楽座での榎本健一一座の公演パンフ。 表紙は「エノケン誉れの土俵入」の力士姿のエノケンの舌の部分を下に引っ張ると口上が書かれているという仕掛けが。 エノケンらし..
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【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和43年の浅草東宝ニュース先週17日にオープンした「まるごとにっぽん」の場所にあった浅草東宝会館の昭和43年(1963)3月の浅草東宝ニュースが手元にある。 この時に上映されていたのは新藤兼人監督の「藪の中の黒猫」と森繁久彌..