記事「東宝」 の 検索結果 963 件
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【西条昇の浅草芸能コレクション】昭和27年の浅草宝塚劇場の開場記念パンフレットと「まるごとにっぽん」の開場について先週12月17日は、阪急阪神東宝グループの東京楽天地が浅草六区に「まるごとにっぽん」をオープンさせて話題を呼んだが、昭和27年(1952)9月にも同じ東京楽天地が瓢箪池を埋め立てた同じ場所に浅草宝塚劇..
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【西条昇の浅草レヴュー・コレクション】浅草オペラ館の昭和7年「ヤパン・モカル」のプログラムエノケン、二村定一らの「ピエル・ブリヤント」を松竹に引き抜かれた浅草オペラ館が、玉木座「プペ・ダンサント」から役者や文芸部を引き抜いて昭和7年に旗揚げしたレヴュー劇団「ヤパン・モカル」のプログラムNo..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和2年の宝塚少女歌劇「モン・パリ」の楽譜昭和2年(1927)9月に宝塚少女歌劇団・花組によって初演された岸田辰彌・作のレヴュー「モン・パリ ~吾が巴里よ!~」の楽譜。 日本のレヴューは、ここから始まった! 岸田劉生の弟で帝国劇場歌劇部..
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【西条昇のストリップ史コレクション】昭和23年の帝都座ショウ・ピクトリカルでの名画アルバム特集号昭和23年の帝都座ショウ・ピクトリカルの名画アルバム特集号。 新宿・帝都座ショウと言えば、昭和22年1月に上演された額縁ショウがあまりにも有名である。 額縁ショウとは、舞台に設えた額縁の中で上半身..
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【西条昇の演芸コレクション】「あきれたガールズ」の東宝敷島劇場での実演のチラシ東宝敷島劇場での「あきれたぼういず」ならぬ「あきれたガールズ」の実演のチラシ。 昭和12年に吉本の浅草・花月劇場で、川田義雄、坊屋三郎、益田喜頓、芝利英の四人により「あきれたぼういず」が結成され人気..
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【西条昇の軽演劇コレクション】有楽町・日劇小劇場「日小バァレスク」シリーズのパンフレットストリップの確立に貢献のあった劇場を調べてみると、ある共通点に気がついた。 帝都座ショウが新宿帝都座の五階、新宿セントラル劇場が新宿東宝の五階、日劇ミュージックホールが日劇の五階、浅草フランス座も途..
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【西条昇の軽演劇コレクション】新宿東宝映画劇場の実演アトラクション(高勢実乗、シミキン、益田喜頓、岸井明、服部良一)のパンフレット日劇などの大劇場では早くから映画と実演を併せて提供していたが、戦時色が強まるにつれ、軽演劇を実演アトラクションとして見せる映画館が増えていった。 中でも、新宿東宝映画劇場など都心の東宝系映画館での実..
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【西条昇の軽演劇コレクション】有楽町・日劇小劇場での「東京レビュウ(りべらるショウ)」公演のパンフレット新宿・帝都座ショウの舞台に初めて胸を露出した女性が登場してから一ヶ月後の昭和22年3月、有楽町・日劇小劇場(日劇ミュージックホールの前身)での「東京レビュウ」公演の鈴木好子のおへそダンスがマスコミの話..
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【西条昇の軽演劇コレクション】新宿・帝都座ショウ(額縁ショウ)のパンフレット日本のストリップの歴史について触れた資料では、昭和22年の新宿・帝都座での額縁ショウをその原点としているものが多い。 額縁ショウの仕掛人は、戦前に宝塚の欧州公演や日劇ダンシングチームの立ち上げや東宝..
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【西条昇の軽演劇コレクション】浅草・常盤座での浅草松竹ミュージカルスのパンフレット昭和31年2月の東宝ミュージカルスの立ち上げに刺激を受け、東宝のライバルである松竹が同年11月に浅草・常盤座で立ち上げたのが浅草松竹ミュージカルスであった。 東宝版が菊田一夫の原点である浅草のアチャ..
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【西条昇の軽演劇コレクション】日比谷・東京宝塚劇場での東宝ミュージカルスのパンフレット秦豊吉による帝劇ミュージカルスは、昭和29年3月の第8回公演を最後に終了となった。 直後に秦は膝関節を痛めて入院。帝劇のシネラマ劇場への転向が決定した。 昭和30年9月に菊田一夫が東宝の演劇担当重..
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【西条昇の軽演劇コレクション】帝劇ミュージカルスのパンフレット僕が生まれる以前に上演された日本のレヴュー&ショー&軽演劇といったジャンルのエンターテイメントの公演で、何としても見てみたかったものの一つに昭和26年2月〜同29年3月の帝劇ミュージカルスがある。 ..