記事「栃木」 の 検索結果 5181 件
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機神山古墳群17号墳栃木県足利市の機神山から両崖山にかけて分布している機神山古墳群 の中の一つ。径10~12m、高さ約2mの円墳で、機神山山頂へ至る道の途中に両袖型の横穴式石室の一部のみが残されています。
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足利城跡栃木県足利市にある標高250mの両崖山に平安時代後期に築城され た山城の跡。両崖山城とも呼ばれていたこの城を巡っては4度の 合戦が勃発していて、其々足利城の戦いと呼ばれています。
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稲葉一里塚稲葉一里塚は日光道中壬生通り(日光西街道)、現在の栃木県下都賀郡壬生町に設けられた一里塚。江戸日本橋から数えて24里目にあたり、江戸時代の古文書によれば、塚の上には松が植えられていたそうです。
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吉次観音堂栃木県下都賀郡壬生町、金売吉次の墓から程近い処にある小さなお堂。吉次は病に倒れこの地で生涯を終えましたが、吉次の墓とともに吉次の守護仏である観音像を祀ったお堂が里人たちにより建てられたと伝わっています..
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金売吉次墓金売吉次は源義経が奥州藤原氏を頼って奥州平泉に下るのを手助けしたとされる伝説的人物。義経が頼朝と不仲になり奥州へ逃亡する際に、吉次 が同行し途中で病死したとされ、栃木県下都賀郡壬生町に墓があります。
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天海僧正像(日光)天海僧正は徳川家康の側近として朝廷政策・宗教政策に深く関与した僧。 家康は自らの神号や葬儀に関する遺言を天海らに託し、天海は家康の神号を「東照大権現」と決定し、家康の遺体を久能山から日光山に改葬しまし..
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日光食堂本店神橋脇に建つこの建造物は、明治時代後期に土産品店として創業した創業当時の面影を残し、高い天井・太い柱や梁、随所に見られる装飾的な彫刻は往時をしのばせ、国の登録有形文化財に 指定されています。
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板垣退助像板垣退助は土佐藩出身で自由民権運動の主導者として知られる政治家。 戊辰戦争の際には新政府軍の将として日光廟に立てこもった大鳥圭介らの旧幕府軍を説得し、社寺を兵火から守ったと伝えられています。
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想像の像日光東照宮の上神庫の屋根下にある狩野探幽の下絵とされる大きな彫刻。 狩野探幽が実際には象を見た事がなかったことから「想像の象」と呼ばれ、 「三猿」「眠り猫」「想像の象」で東照宮の三彫刻と云われているよ..
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唐門日光東照宮の拝殿の入口にあたる場所にある門で国宝。 全体が胡粉で白く塗られ「許由と巣父」や「舜帝朝見の儀」など細かい 彫刻がほどこされています。
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徳川家康墓所徳川家康の死は元和2年(1616年)4月17日巳の刻(午前10時頃)。 家康は始め駿府の南東の久能山(現久能山東照宮)に葬られていましたが、一周忌を 経て、江戸城の真北に在る日光の東照社に改葬されたと..
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眠り猫日光東照宮にある左甚五郎の作品と伝わる国宝になっている彫刻作品。 奥社入口を護る「眠り猫」は、徳川家康を護るために寝ていると見せ掛け、 いつでも飛びかかれる姿勢をしているともいわれています。