記事「栃木」 の 検索結果 5181 件
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三猿日光東照宮の神厩舎の長押上に彫られている三匹の猿の彫刻。 この三猿は「見ざる・言わざる・聞かざる」を示し、子供のころには、悪い事を 「見ない、言わない、聞かない」ように教育すべしとの意味だそうです。
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日光東照宮徳川家康を神格化した東照大権現を祀る栃木県日光市にある神社。 絢爛豪華な社殿群は殆どが寛永13年(1636年)に建て替えられたもので、 陽明門、唐門などの国宝もあり、世界文化遺産にも登録されています。..
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唐沢山神社唐沢山神社は栃木県佐野市の唐沢山山頂に鎮座する藤原秀郷を祀る神社。 祭神の藤原秀郷は俵藤太(田原藤太)の別名でも知られ、下野国押領使と して唐沢山に唐沢山城を築城し、秀郷の子孫の佐野氏が居城としました..
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唐沢山城跡唐沢山城は藤原秀郷が築城したと伝わる山城で、関東七名城の一つ。 唐沢山(247m)の上にあり、関東一の山城とも称されていて、戦国時 代には上杉謙信の10度に及ぶ攻撃を撃退したと伝わっています。
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米山古墳栃木県佐野市犬伏新町にある古墳で、一時、北関東最大の前方後円墳であると云われていましたが、実際には、自然の丘陵だったそうです。 麓には、真田父子の「犬伏の別れ」で有名な、新町薬師堂があります。
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新町薬師堂(犬伏)栃木県佐野市犬伏新町にある薬師堂は、慶長5年(1600年)、天下分け目 の関が原の合戦を前に、真田父子3人(昌幸、信幸、信繁)が、東軍と西軍に 分かれて戦うことを決断した密議の場所だと伝承されています..
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宇都宮城平安時代に藤原秀郷あるいは藤原宗円が築城したと伝わる城。江戸時代初期 の宇都宮城釣天井事件の舞台として知られ、また幕末には、戊辰戦争で攻 防戦の舞台ともなった所です。
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日光田母沢御用邸記念公園栃木県日光市にある県立の都市公園で、元は皇太子時代の大正天皇の静養所として造営された旧御用邸を公園として整備し一般公開しているもの。 明治期以降の数多い御用邸建築のうち、ほぼ完存する唯一の例だそうです..
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古川掛水倶楽部約110年前の明治時代に、足尾銅山を経営した古河市兵衛が足尾の迎賓館として建設した2階建の洋館で、接待や宿泊施設として使用したそうです。 近くの当時の社員住宅や鉱石資料館、電話ミニ資料館等も見学できま..
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足尾銅山栃木県日光市の足尾地区にある銅山跡。足尾銅山は天文19年(1550年) の発見で、江戸時代には年間1200トンもの銅を産出していましたが、現在では閉山されて観光施設になっています。
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小山城跡小山城は栃木県小山市(下野国都賀郡小山)にあった城で、別名は祇園城。 鎌倉時代には下野国守護を務めた小山氏の主要な居城でしたが、 関ケ原の合戦後の、元和5年(1619年)、小山城は廃城になりました。
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小山評定跡徳川家康は会津の上杉景勝を征伐するために出陣。この地まで来たときに三成挙兵の報に接し、慶長5年(1600年)7月25日、評定を開いて東軍の結束を固めたと伝わる場所です。 栃木県小山市の小山市役所敷地内..