記事「横浜」 の 検索結果 25556 件
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伊勢山皇大神宮天照大御神をご祭神とし「関東のお伊勢さま」として知られる神社。横浜開港に際し、外来文化に接する横浜の精神的支柱とするために、元々は 戸部村海岸伊勢の森にあったお社を野毛山に遷座したものだそうです。
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畠山重忠遺烈碑二俣川は、元久2年(1205年)6月に畠山重忠軍と北条軍の激戦が行われたところです。明治25年(1892年)に、二俣川駅南口から南方方向に程なく行った現在の県営万騎が原団地の一角に、地元有志により碑が..
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天使の像横浜に郵便制度が創始されたのは明治4年(1871年)の3月1日のことで、外国郵便はそれから遅れること4年の明治8年(1875年)1月からの実施でした。港郵便局の一階角に「外国郵便開始80週記念」として..
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電話交換創始の地(横浜)明治23年(1890年)12月16日、この地にあった横浜電話交換局において、横浜と東京間及び市内にわが国で初めて電話交換業務が開始されました。横浜の加入者は42人で、市内通話の料金は年間35円の定額制..
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旧英七番館横浜の外国商館で唯一現存している建物。大正11年(1922年)にイギリスの貿易会社横浜支店として建設され、関東大震災で全焼しましたが、外装だけは残っていたため再建されました。
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メダリオンこのメダリオンは、旧フランス領事館の外壁につけられていた装飾物。旧フランス領事館は、明治29年(1896年)に建てられ、関東大震災で倒壊。現在は、谷戸坂の下ったところにあるフランス橋下に展示されていま..
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ビール発祥の地横浜が開港すると居留地の外国人向けにビールの醸造が始まりました。明治3年(1870年)にコープランドのつくったビール醸造所が、後の麒麟麦酒株式会社へとつながり、現在の麒麟園公園に記念碑が建っています。..
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ビヤザケ通り横浜が開港し明治になると、居留地の外国人向けに、現在の北方小学校から麒麟園公園あたりにビール工場がつくられました。つくられたビールがこの坂を運ばれたということからの命名だそうです。
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日本庭球発祥の地明治4年(1871年)、横浜山手に外国人専用の山手公園がつくられました。その山手公園に、明治11年(1878)年、日本初のテニスコートがつくられ、これが日本の庭球の始まりとのことです。 ..
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日本ガス事業発祥の地明治3年(1870年)、高島嘉右衛門によって「日本社中」というガス会社が設立され、当時、伊勢山下石炭蔵跡であったこの地にガス工場がつくられました。そして、大江橋より馬車道、本町通りにかけて日本初のガス..
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掃部山公園明治初期には鉄道開設に携わった鉄道技師たちの宿舎が建てられていたことから、鉄道山と呼ばれていました。その後、明治17年(1884年)に井伊家の所有となり、井伊直弼の官位である掃部頭から掃部山と呼ばれる..
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北向地蔵享保2年(1717年)に、僧三譽伝入が天下泰平・国土安全を祈念するとともに、旅人の道中安全を祈願して建立したそうです。ここは「かなざわかまくら道」の分岐点であり、道案内も兼ねていたようです。 ..