記事「横浜」 の 検索結果 25556 件
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御所台の井戸JR保土ヶ谷駅の近く、国道一号線から石難坂を上がっていく途中にある井戸。北条政子がこの井戸の水を化粧に使ったとの言い伝えがあり、「政子の井戸」とも呼ばれ、また、程ヶ谷宿苅部本陣でもこの水を料理に用いて..
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金沢横丁道標横浜市の旧東海道の程ヶ谷宿金沢横丁に残されている道標4基。程ヶ谷宿周辺からは、金沢鎌倉道、八王子道、大山道、の各街道が分岐していて、その分岐点にたてられていた道標とのことです。
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和田義盛塔横浜市旭区善部の妙蓮寺境内にある和田義盛の供養塔。妙蓮寺は地頭の宅間伊織が名主の和田四郎左衛門に命じて建立したとのことで、この地域が和田氏と何らかの関係があったようです。
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旧大岡家長屋門横浜市瀬谷区阿久和東に長屋門公園があり、歴史体験ゾーンには、旧大岡家長屋門、旧安西家主屋、 土蔵、井戸、などの古民家が保存されています。また、自然観察ゾーンには、せせらぎの水辺などの杉林・散策路などが..
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上總介塔上総介広常は上総・下総(現在の千葉県)を領していた大豪族で、広常の加担が源頼朝の安房での挽回を決定的なものにしました。しかし、謀反の疑いにより、梶原景時に暗殺され、供養塔がここに建てられています。
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熊野神社(朝比奈)鎌倉市の十二所から横浜市金沢区に抜ける朝比奈切通しの途中に鎮座する神社。源頼朝が鎌倉の鬼門除けに紀州の熊野権現を勧請したと伝わって います。鎌倉というイメージですが、実際の所在地は横浜市金沢区です。
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朝比奈切通し鎌倉と六浦港を結ぶ重要な交通路で、鎌倉七口の一つ。仁治2年(1241年)から、北条泰時の命により作られたと伝えられています。朝比奈義秀が一夜で切り開いたという伝説から、こう呼ばれたとのことです。
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相武国境之道相武の相は相模で現在の神奈川、武は武蔵で現在の東京のこと。相模の国と武蔵の国のこの国境に沿って、古代より国境の道と呼ばれる道があり、細いながらも海と内陸部を結ぶ重要な道となっていたそうです。
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望欣台の碑望欣台の碑は、横浜開発に大きく貢献した高島嘉右衛門を顕彰した碑。高島嘉右衛門は、横浜開港期に鉄道用地の埋め立てや瓦斯事業などに数々の功績を残し、晩年はこの地に居を構えていたそうです。
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本覚寺横浜市神奈川区高島台にある曹洞宗のお寺。横浜開港時には横浜港が一望できることから米国領事館が置かれ、生麦事件の時には負傷者が逃げ込み、手当てを受けたとのことです。
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甚行寺横浜市神奈川区青木町にある真宗高田派のお寺。創建は明暦2年(1656年)で、意円上人によってなされたとのことです。また、横浜開港当時には、本堂がフランス公使館に充てられたそうです。
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普門寺横浜市神奈川区青木町にある真言宗智山派のお寺。洲崎大神、大綱金刀比羅神社のもと別当寺であったそうです。横浜開港時には、イギリス士官の宿舎に充てられました。