記事「横浜」 の 検索結果 25556 件
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大運寺横浜市戸塚区の原宿交差点の近く、国道1号線沿いにある浄土宗のお寺 で芝増上寺の末寺。創建は慶長元年(1596年)で、大運寺の創建時より も古い時代のものと伝わる木造阿弥陀如来立像がご本尊です。
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浅間神社(原宿)横浜市戸塚区原宿町、旧東海道の原宿一里塚のすぐ近くに鎮座する神社。 永禄年間(1558年〜1570年)の創建と伝わり、その頃、富士信仰が盛ん で、村内の安全を祈願して勧請されたそうで..
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原宿一里塚横浜市戸塚区原宿の国道1号線沿いにある一里塚の跡。原宿の一里塚は、 起点の江戸日本橋から測って11番目にあたっている一里塚。塚の付近に 茶店などがあったので、原宿と呼ばれるようになったのことです。..
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お軽勘平戸塚山中道行の場の碑横浜市戸塚区戸塚町の国道1号線沿いにある、お軽勘平の碑。仮名手本 忠臣蔵の中で、お軽と勘平は駆け落ちをすることになり、その途中の戸塚 の山中で甚平はお軽の身を案じる、その場面がここだったとのことで..
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大坂松並木横浜市戸塚区にある旧東海道の松並木。徳川家光の時、日照りが続き、歩行 者のために街道筋に松を植えさせたといいます。天気の良い日に松並木から 素晴らしい富士山が眺められることから、多くの浮世絵の画題..
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第六天神社横浜市戸塚区戸塚町、国道1号線に面して鎮座する神社。第六天神社は関東 地方(旧武蔵国)を中心としてその周辺に存在する神社で、元々は神仏習合の 時代に第六天魔王(他化自在天)を祀る神社として創建され..
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戸塚宿上方見附跡横浜市戸塚区の富塚八幡宮から西に200m程のところに碑があります。 見付は、主要な街道の宿場の出入り口にある構造物で、一般に江戸側の 出入り口にある方を江戸見付、京側にある方を上方見付と呼んでいま..
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富塚八幡宮源頼義・義家父子が奥州下向の際に、この地で応神天皇及び富属彦命の 神託を授って戦功を収めたため、延久4年(1072年)に、両祭神をこの地 に勧請。また、境内山頂にある「富塚」が、「戸塚」の由来とさ..
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芭蕉句碑(戸塚)横浜市戸塚区の富塚八幡宮の境内にある、芭蕉の句碑。 「鎌倉を 生きて出でけむ 初松魚はつかつお」 元禄5年(西暦1692年)、芭蕉49歳の時の作句だそうです。
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明治天皇東幸史跡(戸塚)東幸とは東京行幸のことで、明治元年(1868年)と翌明治2年(1869年) の2回に亘って行われた、明治天皇の東京への行幸のこと。横浜市戸塚区 の八坂神社境内に、「明治天皇東幸史跡」の碑があります..
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八坂神社(戸塚)元亀3年(1572年)に、庄司内田兵庫源政親が「牛頭天王社」として創建した のが始まりで、元禄3年(1688年)に、内田佐衛門尉源政利が再興した神社。 毎年7月14日には、横浜市指定無形民俗文化財..
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羽黒神社(戸塚)横浜市戸塚区、国道1号線に面してある戸塚宿澤邊本陣跡の奥に鎮座する 神社。弘治2年(1556年)5月、富塚郷の住人澤邉河内守信友が澤邊家の 故郷である出羽国の羽黒大権現を勧請し祀ったのが始まりだそ..