記事「歴史」 の 検索結果 41429 件
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第一次世界大戦百年(42) 「民間抑留者部」とフェリエール博士赤十字国際委員会の「捕虜事務局」の中で、ロランが携わったのは「民間抑留者部」の仕事でした。 当初、委員会では、民間人のための部局を作ることには抵抗がありました。というのも、軍人の捕虜のことだけで..
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第一次世界大戦百年(41) 赤十字国際委員会(ICRC)「捕虜事務局」1914年10月3日、ロマン・ロランは家族と共にジュネーヴにやってきました。そこで彼が従事しようと思った事業というのは、赤十字国際委員会(ICRC)の方針に基づいて設立された「捕虜事務局」の活動でし..
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第一次世界大戦百年(40) ヴヴェーよさらば戦争が始まってこの方ロランが滞在していたのは、スイスのレマン湖北岸に位置するヴヴェーという町でした。ロランはここに約2ヶ月滞在し、そして10月初め、自分に新しい任務を課してジュネーヴに向かうことにな..
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第一次世界大戦百年(39) 『ジャン・クリストフ』の“罪”ロマン・ロランといえば、最も知られている作品は『ジャン・クリストフ』でしょう。たいへん長い小説なのですが、ざっくり言えば、主人公が、貧困、差別、周囲の無理解などに幼い頃から苦しみながらも妥協せずに自..
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第一次世界大戦百年(38) 『戦いを超えて』1914年9月15日、ロマン・ロランは『戦いを超えて』を書き上げました。そしてそれは9月23日の「ジュルナル・ド・ジュネーヴ」紙に掲載されました。 この論説において非難されているのはドイツで..
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第一次世界大戦百年(37) フランスに広がる排外主義ロランは、ドイツだけでなく、フランスや連合国の知識人が復讐や排外主義を煽ることに対しても批判的な見地を持っていました。彼の日記には、地位も人気もある有名な作家たちの愚劣な好戦的言辞が記録されています..
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第一次世界大戦百年(36) 最悪の犯罪は真相の隠蔽ロランが、次いで発表した『Pro Aris(祭壇のために)』と題する論説で、彼は「プロイセン帝国主義のあらゆる大罪の中で最も悪く、最も下劣なことは、おのが犯罪を自国民に隠したことである。なぜなら、そ..
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第一次世界大戦百年(35) ハウプトマンからの回答ロランが発表した『ハウプトマンへの公開状』に対して本人からの返事がありました。1914年9月12日、ドイツの新聞「フランクフルター・ツァイトゥング」紙やイタリアの新聞「コリエーレ・デラ・セーラ」紙が..
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第一次世界大戦百年(34) スイスでさえ困難な平和の訴えスイスのような中立国では平和の訴えをするのも容易かといえば、そうでもありませんでした。 スイスでは開戦以来、フランス系スイスとドイツ系スイスの対立が深まっていきました。例えば、スイス作家協会の会..
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第一次世界大戦百年(33) 『ゲルハルト・ハウプトマンへの公開状』1914年9月2日、ロマン・ロランが開戦後初めて公表した政治的文書『ゲルハルト・ハウプトマンへの公開状』が、「ジュルナル・ド・ジュネーヴ」紙に掲載されました。 ルーヴァンの破壊は8月25日か..
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第一次世界大戦百年(33) ロマン・ロラン──知識人の良心第一次世界大戦が勃発した時の最悪の事態は、戦争そのものに対して反対する声が上がらなかったことでした。 それぞれの国の政府は戦争を煽り、国民を戦争に動員するのに必要な情報しか流さず、人々はそれを信..
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第一次世界大戦百年(32) ドイツ当局によるルーヴァンの破壊の正当化ルーヴァンでの非軍事施設に対する放火(市の建物の5分の1が破壊)と、民間人を無差別に殺害したドイツ軍の行為は、どこをどうやっても正当化できないと思われますが、ドイツの外務大臣ゴットリーブ&middo..