記事「歴史」 の 検索結果 41398 件
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自由化後のブルガリア(10)今回は、コストフ政権が、ブルのEU加盟の条件などに関して欧州側と交渉する際の、厳しい条件(原発削減、司法改革、汚職退治とか)、或いは、マケドニア、ルーマニアなどの隣国との関係改善・交渉に関する「歴..
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自由化後のブルガリア(9)BSPのVidenov政権が、マフィア企業による銀行資金、国営企業資産の徹底簒奪と、ブル貨幣価値の劇的低下(ハイパーインフレ)を招来し、経済運営面での無策を暴露したので、この危機を乗り越えるため、..
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自由化後のブルガリア(8)社会主義系の教育を、しかもモスクワの「名門大学」で受けた、いわば左翼思想のエリート教育を受けたVidenovには、資本主義経済の運営、経営に関するまともな知識、見識が欠けていたし、「ソ連人・ロシア..
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自由化後のブルガリア(7)移行期の政権が、短期での交替を繰り返したり、経済改革において無策だったりと、ごたごた続きだったので、国民はやはり旧共産党系の政党BSPに「経済安定、生活安定」の期待をかけました。 ところが、..
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自由化後のブルガリア(6)今回は、移行期初期の5化年間における経済改革の失敗と、マフィアが経済界を侵食していった過程につき概観します。 実は、マフィア企業の大部分は、社会主義体制下で「えらいさんの下っ端として、汗をか..
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自由化後のブルガリア(5)前回は、Filip DimitrovのSDS政権が、旧体制時の悪政に対する報復・・・・洗濯作業にばかり精力を注ぎすぎ、前向きの改革には結びつかず、却って政局を暗くしてしまった、という経緯を見ました..
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自由化後のブルガリア(4)今回は、非共産党系のSDS(セデセ)政権による、経済改革、政界への「洗濯作業」などを見ていきます。「移行期」における正しい経済政策とか、成すべき政治課題への対応策とか、そういう方面に関しセンスの良..
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自由化後のブルガリア(3)移行期の初期、全く新しい体制を構築していくためには、中立的で専門家たちによる、特殊な政権が必要でした。 そして、自由化し、資本主義と民主主義に立脚する、いわば「普通の」体制を構築するためには..
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自由化後のブルガリア(2)ソ連への隷属から解放された、国内の共産党独裁からも解放され始めた・・・・と言っても、政局を動かしていくべき新政党、その指導者らにも、民主主義体制下でどうやって本当の改革を実践していくべきかにつき、..
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自由化後のブルガリア(1)オスマン帝国の統治を脱したブルガリアが、ロシアとの利害関係の相違を認識して、嫌露路線の第3次ブル王国として、かつ中・西欧の提携先としては、結局ドイツを選ぶ形で近代化を推進してきましたが、その親独政..
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共産党統治期のブルガリア(8)遂にソ連では、ゴルバチョフ(Mihail Gorbachov)という、ジフコフにとっては全く理解不可能な「新世代の共産党員=夢想主義的共産主義者」が政権を担当することとなりました。ゴルバチョフは、..
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共産党統治期のブルガリア(7)1980年代になると、ソ連本国を含め、社会主義圏全体の「経済的な後進性・ハイテク技術面での遅れ・西側との軍事技術格差の拡大」など・・・・要するに全般的に「ソ連圏」が、米国、西欧、日本との競争に勝て..