記事「歴史」 の 検索結果 41398 件
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共産党統治期のブルガリア(6)ジフコフ独裁期におけるブル国内での言論の自由度、或いは西側に亡命したジャーナリストたちの運命など・・・・社会主義時代の、今となっては信じられないほどの言論統制(中国などでは今でもやっている)などが..
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共産党統治期のブルガリア(5)いよいよジフコフの独裁体制が確立され、ソ連式社会主義制度の中での経済発展が模索されます・・・・結論を先に言えば、既に現代のわれわれが承知の通り、「ソ連式社会主義」などには何らのメリットもなく、経済..
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共産党統治期のブルガリア(4)ソ連の独裁者スターリンが死亡し、ソ連本国でも一定の政治的不安定が生じ、ス体制と直結していたブルのチェルヴェンコフの地位も微妙となった。この隙をついて、新たなクレムリン指導部に食い込んで信頼を得てい..
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共産党統治期のブルガリア(3)ソ連式の、共産党による支配体制へとブル社会を改編していく上で、一番苦痛が多いのは、私企業などの従来の会社を「国有化」して、国家が全てのこれまでの私的所有権を否定し、奪ってしまう作業。やはり、資本家..
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共産党統治期のブルガリア(2)ボリス親政期のブルでは、基本的に経済的な自由があり、市民的自由度は、ファシズム系政権が続いたこともあって若干後退していたとはいえ、ソ連の赤軍が進駐しブルを支配下に置いて以来の「共産党独裁制度」は、..
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共産党統治期のブルガリア(1)さて、前回まで、6回にわたり、ボリス王の統治期を中心に、欧州でファシズムの嵐が吹き荒れた頃のブルガリアの歴史を、「第二次大戦終結までのブルガリア」として見てきました。 オスマン統治期を終えて..
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第二次大戦終結までのブルガリア(6)前回書いたように、1943.08.28にボリス王は死亡した。その頃ドイツ軍が東部戦線で既に劣勢に陥り、第二次大戦におけるドイツ側の敗戦がほぼ明白になり、ブルとしても何とか早く枢軸側から逃亡し、英米..
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第二次大戦終結までのブルガリア(5)今回は、第二次大戦中のブルにおける対ユダヤ人政策(独の同盟国として、対ユダヤ人差別待遇に同調)とか、ボリス王の最後の日々、などに関しての情報です。 (6)対ユダヤ人政策 コムニストの脅..
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第二次大戦終結までのブルガリア(4)ボリス王の親政となって、更にはナチス・ドイツ軍が欧州情勢を席巻したなか、とうとうブルガリアも枢軸国として参戦してしまったのですが、国王はブル国民の「親露的心情」をヒトラーに説明し、バルカン半島を離..
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第二大戦終結までのブルガリア(3)いよいよボリス国王が直接統治を開始し、第二次大戦では、国民の期待を背負って「領土問題解決」に向けて最後の試みをするのですが、結論を先に言えば、ブルの「領土的野望」は、遂に見果てぬ夢に終わりました。..
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第二次大戦終結までのブルガリア(2)第一次大戦における敗北などにより、先代の国王フェルディナントは、退位、亡命を余儀なくされましたが、子息のボリス王が、父親同様に独裁体制を固めるまでには、かなり長い忍耐の時間が必要でした。 王..
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第二次大戦終結までのブルガリア(1)これまで、フェルディナント国王の独裁時代のブルガリアを4回に分けて<(1)~(4)>見てきました。 いよいよ、第一次大戦後、フェルディナントが退位し、亡命した後のブルガリアの歴史です。ハイラ..