記事「歴史」 の 検索結果 41410 件
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「播磨と淡路のみち」 その24 本丸跡から三木露風生家まで歩く隅櫓を後ろにして坂道を上がっていく。 本丸までの道は、右手に石垣左手に白塀の、このような石段の坂道である。 坂道を歩き終えると、正面に本丸西隅に再建されている西門が建っていた。 ..
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探検家列伝第4部 その3 探検家を超えた村上島之丞村上島之丞(1764年-1808年)は、本名を秦檍丸という。 18世紀の中頃伊勢の神職の子として生まれ、寛政の改革の立役者である松平定信に見出されて数回に及び蝦夷地の探検を行なった北方探検家の一人で..
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動画 済州島の旅 その7 天帝淵瀑布散策動画 済州島の旅 その7 天帝淵瀑布散策
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耽羅紀行(済州島の旅) その24 天帝淵瀑布を歩くこれから天帝淵瀑布へ降りて行く。 派手な七人の仙女像のレリーフを左手に見ながら谷底まで降りて行くが、ヤンガイドの話では、歩く距離は昨日行った龍頭岩の3倍ほどの距離だとか。 ヤンガイドご推..
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動画「播磨と淡路のみち」 播州龍野散歩Ⅱhttps://youtu.be/tRKBFKGTHOQ
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「播磨と淡路のみち」 その23 龍野城まで歩くこの白壁が続く屋敷は「霞城館」と「矢野勘治記念館」の二つの記念館を併設した建物である。 白壁には入り口が二つあった。 ここが、旧制一高の西寮寮歌「春爛漫」、東寮寮歌「嗚呼玉杯に..
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探検家列伝第4部 その2 最上徳内(今世紀における最も卓越した探検家)最上徳内はシーボルトに、「尊敬すべき老人」「尊敬すべき老友」で「今世紀における最も卓越した探検家」と高く評価された北方探検家である。 徳内は1754年、出羽国村山郡楯岡村(現在の山形県村山市楯岡)に..
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耽羅紀行(済州島の旅) その23 天帝淵瀑布到着トケビ道路を後に、僕等のツアーは漢拏山を左手に眺めながら、一路中文を目指す。</ここで、今日の大まかな見学日程を紹介する。 午前中の見学は赤字1の天帝淵瀑布だけで、昼食は中文観光団地から車で..
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動画「播磨と淡路のみち」 播州龍野散歩Ⅰhttps://youtu.be/rjPDpNJrRa8
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「播磨と淡路のみち」 その22 朝焼けの龍野を歩くその常照寺の真ん前まで来た。 常照寺は龍野で400年以上の歴史を持つ日蓮宗のお寺で、境内には明治の文豪国木田独歩の祖父にあたる国木田国丸の墓碑も在るというが、ここは素通りして十文字川沿い..
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探検家列伝第4部 その1 松前藩の祖「武田信廣」と松前藩18世紀後半から19世紀前半にかけて活躍した日本の探検家達を取り上げる前に、江戸幕府から日本の北の辺境の地である蝦夷地(北海道、樺太、千島)の支配権、交易権を公認されていた松前藩について簡略に記する。..
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動画 済州島の旅 その6 トゲヒ道路(お化け道路)動画 済州島の旅 その6 トゲヒ道路(お化け道路)