記事「江戸時代」 の 検索結果 1676 件
-
世田谷代官屋敷東京都世田谷区世田谷にある江戸時代中期の代官屋敷で、彦根藩世田谷領20カ村の代官を世襲した大庭家の役宅です。住宅建造物としては都内で初めての国の重要文化財に指定されています。
-
歴史散策~御所市~日曜日 街歩きに出かけた 行き先は奈良県の御所市 江戸時代の街並みが残る街だ 歴史愛好家の方が主宰してくれている ツアーに参加した 集合は近鉄御所駅10時だが ..
-
鉄砲試射場跡鉄砲試射場跡:南海本線七道駅前の広場に「放鳥銃定限記」という石碑が建てられています。この石碑は寛文4年(1664)に江戸初期の砲術家川名金衛門忠重によって作られたもので、鉄砲師範であった小濱民部丞嘉隆..
-
上神谷(にわだに)街道上神谷(にわだに)街道:江戸時代には妙見信仰が流行し多くの人が上神谷街道を通って「妙見さん」(南区富蔵にある妙見山感応寺)に参詣しました。上神谷街道は江戸時代は妙見道として知られており、道筋には多くの..
-
チリヤタラリ川チリヤタラリ川:堺市史によると、元禄時代に宿院(住吉大社御旅所)の周囲に「チリヤタラリ」という川がめぐらされており、西側の川尻から海に向かう水の流れがあったそうです。(堺市史第七巻第三篇第三章の宿院の..
-
ドラ池(増々池)ドラ池(増々池):大仙公園の中にあるドラ池です。この池は江戸期から昭和前期まで、「そうそう池」「ぞうぞう池」などと呼ばれていました。古い地図や史料を見ると、「増蔵池」「蔵々池」「増々池」という表記にな..
-
宿院の常夜燈宿院の常夜燈:堺市のフェニックス通りの宿院交差点に大きな常夜燈があります。この常夜燈は、1834年(天保5年)に建立され、傘部分の上段から順に「左海」「たばこ」「包丁鍛冶」と刻まれています。この3つの..
-
「虎ご石」「虎ご石」:臨済宗大徳寺派の臨江寺(りんこうじ)の境内においてある「虎ご石」です。当寺は、もと臨江庵と呼ばれ南宗寺の塔頭でした。敷地内には、武野紹鴎の墓、今井宗久とその累代の墓があります。「虎ご石」は..
-
西出口橋跡西出口橋跡:堺市堺区西湊町5丁3,4,5の交差点に「西出口橋」という欄干だけが残された場所があります。古地図を見ると大鳥郡湊村の出口に当たる場所と分かります。環濠の南之橋(現・少林寺橋)を出て、大鳥郡..
-
「鎰町芝居」の標石「鎰町芝居」の標石:「鎰(かぎ)町芝居」は、1670年(寛文10年)に官許された定芝居で、この場所に約80坪の芝居小屋がありました。定員は二階桟敷も含めて1100人程度と推定されています。その大きさは..
-
首切り地蔵尊首切り地蔵尊:堺市堺区南向陽町にある伝説の地蔵尊です。この地蔵尊には2通りの伝説があります。その1(大阪府全志巻之5より);王子ケ上の辻では毎夜奇怪なことがあった。ある夜ここを通りかかった人がお化けに..
-
農人町井農人町井:堺市には名井が多い。農人町井はその一つです。直径約180cmの円形の井戸で、かつては近隣の住人の飲料水として利用されていました。市内には、他に超善寺の井戸(秀吉が「泉勝水」、家康が「堪泉水」..