記事「江戸」 の 検索結果 1573 件
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ここにもよく行くんですが・・・、千代田区富士見2丁目まあ、特に説明するまでもない、飯田橋の橋詰です。皇居の周りにはこのような石垣があちこちに残っておりまして・・・、一度登ってみたいんですが・・。 それにしても、この水桶は何なんでしょうかね。 ..
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何回見てもこのお城の石垣は感動ものでありまして・・・当たり前ですが、キレイに積んでいますねぇ。ここには、いつ行っても、歴史を思わざるを得ないというか・・・。何と言っても、この上に江戸城の本丸が建っていたわけですからねぇ。あちこちで出版されている古写真..
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勘違いしていた・・、中山道の位置一昨日の続きですが、日本史総合図録を見ていて、中山道の位置を長い間勘違いしていたことに気がつきました。今のJR中央線にそって山梨に抜けるのが中山道だと思いこんでいました。 諏訪から西はともかくと..
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おもしろいなぁ・・・、社会科の教科書副読本表紙の木船の図が気に入って買ってしまった日本史総合図録という本です。社会科の副読本なんでしょうけど、かなりマニアックな情報が載っていて楽しめます。 例えば、江戸時代に秋田の木材は大阪へ運ばれてい..
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猪牙(チョキ)船というのは、なかなかデザイン的にカッコイイと思うんですが・・木船ネタが、また溜まってきました。これは東京の某資料館に置いてあったチョキ船です。当時は、タクシー代わりに、えらく大量に使われていたそうですが、名前の由来は「長吉」だとか、「猪牙」だとかで、よくわか..
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「武鑑」と写楽と斎藤与右衛門江戸の町で浮世絵師の東洲斎写楽が活動したのは寛政六~七年のこと。御家人の大田直次郎(南畝、蜀山人)が絵師のガイド本の原型とも言うべき『浮世絵考証(浮世絵類考)』を書き始めたのが、恐らく寛政十年頃か..
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あのけなじ2022年07月18日のつぶやき「江戸で部屋さがし」菊地 ひと美 これは良かった。読んでタメになった指数でいえば今年一番かも。江戸の街の暮らしについて時代劇の画のぼんやり印象から読後、町人、武家、階級の違いなどで実際はこうなの..
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長崎でコーヒーを飲む大田南畝寛政六年が明けた頃、江戸の町にある屋敷の一角で、版元の蔦屋重三郎から注文のあった、歌舞伎役者の大首絵二十八枚の下絵描きに、東洲斎写楽が呻吟していた、正に、その頃、当時としては、もう「初老」と言って..
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忙中閑談「俳句四季」八月号の「忙中閑談」という欄に、1400字ほどのエッセイを書いた。 どんなことを書いたかというと、江戸時代の女流俳人たちについて。 二年ほど前にまとめて調べることがあって..
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江戸時代から現代までの日本の女流俳人1ヶ月以上かかってしまったけれど、江戸時代から現代までの日本の女流俳人の論考?がようやく最終段階に入った。(え、まだ終わってなかったの?なんて言わないでね・・・) 来月のハノイでの俳句懇談会..
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女流俳句江戸から現代までの女流俳句について、ようやく書き終わった。400字詰め原稿用紙にして約20枚。一応、指定された分量は書くことができた。 その中にいったい何人の女流が登場したかというと、今、数..
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奥底も知れぬ寒さや海の音江戸時代の女流俳人の一人に歌川(かせん)がいる。上の句は、その彼女の作品。 歌川は、当時、北前船でおおいに賑わっていた北陸、三国の遊女。加賀の千代女とほぼ同時代の女流として名前が知られていた..