記事「江戸」 の 検索結果 1573 件
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はねだ江戸まつり羽田空港に行ってきました。 「江戸」をテーマにターミナル内で行なわれるもので、2014年の初開催以来、年始およびゴールデンウィーク、夏休みと年3回開催されています。飛行機への搭乗とは関係なく訪れる人..
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北町奉行所跡東京駅八重洲中央口大丸東京店前の歩道に立つ北町奉行所跡の説明版。 現在、東京駅のある辺りは江戸時代には呉服橋門内と呼ばれ、 文化3年(1806年)から幕末まで北町奉行所が置かれていたところです。
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佃島渡船場跡隅田川に架かる佃大橋の東袂近く、東京都中央区佃1丁目に碑があります。徳川家康が、摂津国佃村の漁民を招いて住まわせたところが佃島で、この島と対岸の船松町との間に、正保2年(1645年)に通ったのが佃の渡..
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佃島渡船場跡東京都中央区湊3丁目、隅田川に架かる佃大橋の西の袂にある佃島渡船場跡の碑。「佃の渡し」と呼ばれたこの渡船は、佃島(現在の佃一丁目1~10番)が築かれた江戸時代から昭和期まで約320年間続いた渡船だった..
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南町奉行所跡江戸町奉行所は北町奉行所と南町奉行所に分かれ、江戸の町における行政、司法、警察機能などを管轄し、月ごとに交代で執務していました。有楽町駅中央口の駅前広場に、南町奉行所の遺構が残されています。
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両国広小路両国橋の西の袂に設けられた広場で江戸三大広小路の一つ。重要な交通路である木製の橋を火事の類焼から守るため、火除地としての役割をもち、常設の建物はつくられなかったとのことです。
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両国橋東京都中央区東日本橋と東京都墨田区両国を結ぶ、隅田川に架かる橋。武蔵国と下総国との国境にあったことから「両国橋」の名称がつきました。現在の橋は昭和7年(1932年)の竣工で、都選定歴史的建造物に指定さ..
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尾張藩の財産だった木曽ひのきをご城下名古屋へ運んだ史跡。八百津町錦織綱場(#^.^#)江戸時代以来、木曽の山林、つまりヒノキに代表される木曽の木材は尾張徳川藩のものとなりました。 それを運ぶのに、今はトラックでいいでしょうが、明治時代までは木曽川を利用していました。 木曽で切り..
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大雨の降るころ、江戸時代から岐阜は名古屋の植民地。お囲い堤(#^.^#)今朝台風8号は九州に上陸しました。中心気圧980hPaの普通の勢力に弱まりましたね。 もちろん、大雨には警戒なのですが、ふとこんなことを思い出しました。 この地域は、「木曽三川」木曽川、長良川、揖..
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病とむきあう江戸時代(岩下哲典)江戸時代末期の藩医がどうしていたかを記録から明らかにした珍しい本。 藩医を今風に言えば、産業医なんだけど、同じような病人?の面倒を看ていたということには変わりない。 「うつ」の藩士もいたようで..
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歌川国芳・国貞展に行ってきた歌川国芳・国貞展に行ってきた。 役者絵・美人画がこれほど一堂にそろうのは珍しい。 7月30日までは展示品の撮影もOKということでうれしい。 国芳は戦記物や怪談物が..
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「我が名は鶴亭」 展に行く鶴亭という画家は全く知らなかった。江戸中期の黄檗宗の僧侶で花鳥画の画家でもある。 神戸市立博物館で、年一度の南蛮屏風とザビエルの肖像画が公開されていたので行ったところ、たまたまこの特別展に巡り会わせ..