記事「江戸」 の 検索結果 1567 件
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両国橋東京都中央区東日本橋と東京都墨田区両国を結ぶ、隅田川に架かる橋。武蔵国と下総国との国境にあったことから「両国橋」の名称がつきました。現在の橋は昭和7年(1932年)の竣工で、都選定歴史的建造物に指定さ..
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尾張藩の財産だった木曽ひのきをご城下名古屋へ運んだ史跡。八百津町錦織綱場(#^.^#)江戸時代以来、木曽の山林、つまりヒノキに代表される木曽の木材は尾張徳川藩のものとなりました。 それを運ぶのに、今はトラックでいいでしょうが、明治時代までは木曽川を利用していました。 木曽で切り..
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大雨の降るころ、江戸時代から岐阜は名古屋の植民地。お囲い堤(#^.^#)今朝台風8号は九州に上陸しました。中心気圧980hPaの普通の勢力に弱まりましたね。 もちろん、大雨には警戒なのですが、ふとこんなことを思い出しました。 この地域は、「木曽三川」木曽川、長良川、揖..
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病とむきあう江戸時代(岩下哲典)江戸時代末期の藩医がどうしていたかを記録から明らかにした珍しい本。 藩医を今風に言えば、産業医なんだけど、同じような病人?の面倒を看ていたということには変わりない。 「うつ」の藩士もいたようで..
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歌川国芳・国貞展に行ってきた歌川国芳・国貞展に行ってきた。 役者絵・美人画がこれほど一堂にそろうのは珍しい。 7月30日までは展示品の撮影もOKということでうれしい。 国芳は戦記物や怪談物が..
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「我が名は鶴亭」 展に行く鶴亭という画家は全く知らなかった。江戸中期の黄檗宗の僧侶で花鳥画の画家でもある。 神戸市立博物館で、年一度の南蛮屏風とザビエルの肖像画が公開されていたので行ったところ、たまたまこの特別展に巡り会わせ..
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切腹 (小林正樹 監督)1962年松竹映画。 なかなか、骨のある映画であった。 このような映画は、今どきお目にかからない。 寛永年間、太平の世になり仕官にあぶれた浪人が江戸に多くなった時代。 武士道といいなが..
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膳所と芭蕉 「かるみ」を知る膳所の街角に 「草の戸や日暮れてくれし菊の酒」という 芭蕉の歌碑があり、 特段に気に留めずにいたが、 後日、「奥の細道」について調べていて、 膳所は芭蕉にとって、縁の深い地であることを知..
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天地明察(冲方 丁) を読む誤謬が生じ始めた宣明暦から 授時暦をベースにした貞享暦へ改暦する 仕事をなした渋川春海の物語。 渋川春海の名はまったく知らなかった。 また、関孝和の名は知っていたが、 彼の和算が暦の..
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大江戸役人役職読本 を読む江戸幕府の役職がこれほどあったとはびっくりする。 行政と司法が兼務ではあるが 組織としては今の政府とたいして違わない。 けっこう大変な役職もあり、 その最たるものは通称「首切り役人」こ..
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「河鍋暁斎」に会いに行く京都国立博物館で開催されている「河鍋暁斎展」に行く。 実は、暁斎という画家は、まったく知らなかった。 ⅰ画伯に教えていただき、 幕末から明治にかけて活躍した、どうもすごい画家である という断片..
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「吉原手引草」(松井今朝子) を読む久しぶりの新刊ハードカバー、 題名にひかれて読み始める。 吉原きっての花魁「葛城」の失踪事件。 主人公は「葛城」であるのだが、 まったく本人は登場しないで、 周りの人々の弁により 葛城の姿..