記事「浅草」 の 検索結果 4610 件
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【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草・国際劇場での北朝鮮「金剛山歌劇団」公演のチラシ北朝鮮のガールズグループ「モランボン楽団」が北京で初の海外公演を行うとのことだが、北朝鮮のエンタメ集団ということで言えば、在日朝鮮中央芸術団を前身とした金剛山歌劇団が、松竹歌劇団(SKD)の本拠地であ..
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【西条昇の浅草食べ歩き】浅草観音裏の「三豊」で鴨鍋を鴨鍋が食べたくなり、浅草観音裏の「三豊」へ。 鴨鍋、旨くて大満足。 お通しのあん肝、魚のすり身のさんぽう揚げ、ふぐの白子焼き、どれも旨かった。熱燗が進むの何の。 冬のうちに、すっぽん鍋も食べたい..
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【西条昇の浅草芸能日記&食べ歩き】浅草芸人御用達の店・喫茶ブロンディのモーニングセット演芸ホール近くの喫茶ブロンディで、モーニングセットを。 〈浅草芸人御用達の店〉と看板にもある通り、ここは萩本欽一さんやビートたけしさんをはじめとする多くの芸人さんが利用してきたことで知られている。 ..
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【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草オペラ館が浅草劇場と改称していた昭和4年7月のパンフレット浅草オペラ館が浅草劇場と改称していた昭和4年(1929)7月のパンフレット。 松竹ニュースとの表記があるように、当時は松竹の傘下にあった。 この週は、林長二郎「切られ輿三」、栗島すみ子「浮世小路」..
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【西条昇の浅草芸能日記&食べ歩き】浅草・並木藪蕎麦のざるそば浅草の並木藪蕎麦で、ざるそばを。 濃くて辛めのそばつゆがたまらない旨さ。 雷門近くには、かつて寄席の並木亭があったが、並木藪蕎麦に寄って並木亭に行ったりしたであろう昔の人が羨ましいな。
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【西条昇の浅草芸能コレクション】大正13年12月の浅草オペラ館の広告大正13年(1924)12月発行の歌劇雑誌「オペラ」の12月号・新年号の合併号における浅草・オペラ館の広告。 キャッチコピーは「浅草に聳ゆる歌劇殿堂の権威オペラ館へ」。 この時のオペラ館の経営者は..
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【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草オペラ館「QUEEN of SHEBA」上映時のオペラ館週報大正期のオペラ館週報が、手元にもうひとつ。 この時の上演作品は「QUEEN of SHEBA」。 旧約聖書に登場する「シバの女王」を描いたものだ。 大正13年(1924)2月15日発行との記載が..
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【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草オペラ館のマキノキネマ傑作映画劇競映週間のオペラ館週報大正期の浅草オペラ館のマキノキネマ傑作映画劇競映週間のオペラ館週報。 マキノキネマとは牧野省三監督が設立した映画プロダクションで、この「青春の悲歌」「旅愁」「金色夜叉」の三本立ての時のオペラ館週報は..
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【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草オペラ館の大正期の日活作品「新野崎村」のチラシ土屋松濤が主任弁士をしていた大正期の浅草オペラ館の日活作品「新野崎村」のチラシが手元にある。 後に映画監督となる衣笠貞之助が令嬢役の女形の俳優として名前が載っている。 衣笠貞之助が女形として日活向..
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【西条昇の浅草芸能コレクション】浅草オペラ館の大正期の演目の絵葉書二枚明治42年(1909)に浅草六区で開場したオペラ館の大正期のものと思われる演目の絵葉書を二枚、所有している。 1枚目は、〈オペラ館五月下狂言 新派悲劇いひなつけノ内(一)ねだみ〉とあり、背景からする..
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【西条昇の浅草芸能日記】浅草ロック座の「deja-vu」昨日は、夕方のショーから雅麗華さんが振付を担当された系のバックダンサーとして1日限定でステージに立つとのことだったので、浅草ロック座「deja-vu」へ。 群舞の場面では、4景のアメンカン・バーレス..
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【西条昇の浅草食べ歩き】浅草・ホッピー通りのもんじゃ焼き屋「つくし」で明太もちチーズもんじゃをホッピー通りのもんじゃ焼き屋の「つくし」で、明太もちチーズもんじゃを。 これ、旨いね。明太子と餅とチーズが絶妙な組み合わせになってる。 ここは、無名時代のたけしさんが良く訪れたそうだし、最近はもも..