記事「海外」 の 検索結果 23452 件
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わが出版と諸活動2006年回顧2006年の私こと、夏石番矢の出版と諸活動を振り返り、記録しておきたい。 発行雑誌 まず、国際俳句季刊誌「吟遊」は、4冊きちんと発行した。私の主な寄稿を列挙しておく。 吟遊ホームページ h..
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わが墨書2006年回顧(1)このサイバー時代に、毛筆や墨がお払い箱入りかと言うと、その逆だった。むしろ、万年筆が使われなくなり、干からびてしまった。 プリンターによる印刷が頻繁に使われ、手書きはほとんどポールペン。毛筆は、..
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アヴィニョン(2) 聖霊の橋旧法王庁から北へと、下り道を歩くと、あのアヴィニョンの橋の入り口に行き着く。渡り口ではなく、入り口と書いたのは、川沿いの太い道路に面した特別の小さい櫓のような場所から、橋へと登るようになっているからで..
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「吟遊」第33号入稿「吟遊」第33号(2007年1月20日刊、吟遊社、本体価格1000円、ウェブサイトhttp://www.geocities.jp/ginyu_haiku/)の編集と入稿の大部分を、鎌倉佐弓とともに、1..
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オーストラリアのBlue Dogオーストラリアのグラント・コールドウェル(Grant Caldwell)氏から、Blue Dog という雑誌が届いた。1947年メルボルン生まれの彼は、メルボルン大学の文学創作の教授で、詩人、アイルラ..
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アヴィニョン(1) 悪霊の宮殿アヴィニョンは、あの「アヴィニョンの橋で 踊るよ 踊るよ……」(「アヴィニョンの橋」)の歌で知られた、南仏の古い都市。 1997年2月に、はじめて実際に訪れて、橋にたどりつく前に、法王宮殿(Pala..
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魔の山 サント=ヴィクトワール山(4)サント=ヴィクトワール山は、刻々と姿を変える魔の山だ。セザンヌの絵が、この山の不動性ばかりを描いているのが奇妙くらい。だから、ピカソならどうこの山と取り組んだだろうかと、つい想像してまうのだ。ピカソは..
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米国版 Right Eye in Twilight の感想メールメールは、いつも突然送られてくる。郵便だってそうだったが、郵便よりも、メールによる反応が、格段に速く、予想外のところから来る。スリリングで面白い半面、くたびれることもある。 サイバーは、21世紀..
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魔の山 サント=ヴィクトワール山(3)サント=ヴィクトワール山の北側は、南とは一変して、なだらかでおだやかな風景が広がる。こちら側を、自分勝手に女性斜面と名付けてみた。あの南斜面と同一の山を構成しているとは、とても信じられない気がする。 ..
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魔の山 サント=ヴィクトワール山(2)セザンヌが生まれた都市、エク=サン=プロヴァンスの建物の高階からも、サント=ヴィクトワール山は、わずかに見える。1996年12月3日に、この都市の友人宅から撮影した写真の中央遠景に、南仏の魔の山の頂上..
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魔の山 サント=ヴィクトワール山(1)南仏を何度か訪れても、正直なところ私は、南仏が生んだセザンヌという画家やその絵に対しての理解が深まらなかった。セザンヌが描いた南仏の風土にはかなり親しむことができても、セザンヌの絵には、理解を拒むバリ..
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マケドニアの女性詩人からの銀貨マケドニアの若い女性詩人、ヤスミナ・イリエフスカ Jasmina Ilievskaさんから、贈り物が航空便で届いた。 実物は、上の写真よりは小さいが、銀貨の原寸大のレプリカ。 ..